スルターン皇太子殿下日本ご訪問特集号 9


メッセージ
両国関係に新局面を開く
‐スルターン皇太子訪日の意味‐

駐日サウディアラビア王国大使
ファイサル ビン ハサン トゥラード
 サウディアラビアと日本の関係は1938年、駐英サウディアラビア公使ハーフィズ ワハバ氏が東京大モスクの開堂式にサウディ政府を代表して出席したことから始まりました。その翌年には駐エジプト日本公使横山正幸氏がリヤードを訪問し、サウディアラビア建国の祖アブドルアジーズ王に謁見しております。

 50年前に外交関係が公式に樹立されて以来、サウディアラビアと日本の強固かつ安定した関係は著しい発展を見ました。去る4月のスルターン皇太子殿下のご訪日は、両国関係を協力と戦略的パートナーシップの段階へ進める注目すべき新局面をもたらしました。日本およびサウディアラビアはその地位と能力を活かして、地域レベル・国際レベルの双方において、世界の安全保障と安定、ならびに福祉と平和のために、大きな役割を演じております。

 また、私は日本サウディアラビア協会の払っておられる努力が、両国の友好関係促進と、両国国民の価値および秀でた文化の真の姿を紹介するという大きな成果を実現するものと確信しております。


日本の復興努力を評価、その足跡に学ぶ

前駐日サウディアラビア王国大使
ムハンマド バシール クルディ
 去る4月初め、わがサウディアラビア王国皇太子兼副首相兼国防・航空相兼国家警備隊司令官スルターン ビン アブドルアジーズ殿下が日本をご訪問になりました。その際の共同声明を読んで、私は東京の友人たちを訪ねたいという願望が強くなりました。共同声明は、双方に利益をもたらす数々の協定に両国の指導者が合意したことを表明しました。それらの協定は、日本に滞在するサウディアラビアの若者たちに、アブドッラー国王の政府が実施に着手した野心的な開発計画に携わる積極的支持を与え、彼らの輝かしい未来に希望をもたらすものであり、わが国の天然資源および人的資源に相応しいものでもあります。

 第二次大戦後の崩壊を経験した日本は、社会的・経済的復興という貴重な試練に立ち向かい、人的資源の育成に努め、総力を挙げて短期間に目的を達成しただけでなく、遂には世界第二の経済大国にまで発展した点で、私たちの範となることでしょう。

 このたび私は、貿易のパートナーとして両国友好関係強化に尽くされた日本の友人たちと再会して旧交を温めるために日本を訪れました。その功績はひとり日本・サウディアラビア両国民にととまらず、母なるアジア大陸と、そこに住む、より良き生活と各国民間の望ましい立場の実現のために努力する人々にも利益をもたらしております。私の訪日の目的はまた、わが国の青年たちが日本を高く評価し、その足跡に学ぼうと切望していることを、日本の友人たちに確信をもって伝えることです。住友などの日本企業は、わが国の経済開発計画に投資し、数多くの職種や技術修得などの機会創出に寄与しております。

 ここで私は、日本サウディアラビア協会が、両国の情報および距離の短縮を進める地歩を固めるという、注目すべき重要な役割を演じてきたことに気付きます。このことは、わが国の人的資源開発における日本の真摯な協力をステップアップさせていると言えましょう。1960年、東京においてスルターン ビン アブドルアジーズ皇太子殿下のご臨席を得て、財界の指導者山下太郎氏により設立されて以来、同協会は日本・サウディアラビア両国関係強化の分野で長い経験を誇ります。そのスルターン殿下は今回のご訪日で小泉首相閣下と会談されました。

 私は、日本サウディアラビア協会が両国国民の友好親善関係と強力な協力関係の促進にますますの貢献を果たされんことを期待します。

日・サ協会創立記念式典でスピーチするスルターン皇太子殿下(1960年10月)
日・サ協会創立記念式典でスピーチするスルターン皇太子殿下(1960年10月)


新たな日・サ関係発展に向けてのご訪問
‐協会活動支援に50万ドル寄贈‐

日本サウディアラビア協会会長
小長啓一
 今回のスルターン皇太子殿下のご訪日については、昨年11月リヤードで拝謁の機会に恵まれた折に、殿下ご自身から来年の5月頃訪日したいと聞いていましたので、その日が来るのを心待ちにしていました。予定が一ヶ月ほど早まって桜の咲いた4月上旬に訪日されましたが、この皇太子殿下のご訪問の実現とその成果は、両国にとっても、日本サウディアラビアにとってもこの上ない満足と喜ばしいものでありました。

 皇太子殿下は1965年に訪日された際、当協会設立記念式典に主賓として出席され、お祝いのスピーチをされています。従って殿下におかれましても、協会については特別な思いがあったご様子で、到着された夕方、まず最初に協会の会員代表者たちに接見の機会を与えて下さいました。

 殿下は拝謁した6人の私達の話しに熱心に耳を傾けられ、若々しい声で明快にお答えして下さいました。お話は日サ間の経済問題が中心でしたが、これから本格的に始まる住友化学とアラムコの巨大事業にとどまらず、日本企業の継続的な進出を期待している旨の発言があり、特に、日本側にサウディアラビア若者の雇用拡大、研修生受け入れ等による、人材開発に協力して欲しいと述べられました。一方、サウディアラビアは対日石油供給第一の国として今後も継続すると言われました。また協会の今までの経緯、活動にも関心をもたれ、興味深く聞いて下さいました。

 翌日6日の小泉首相主催の夕食会では、首相はじめ数名の閣僚の前で、殿下から協会の活動を評価する発言があり、さらに、今後の活動の支援のため50万ドルを寄贈するとのお申し出がありました。私共はご期待に副うべく新たな気持ちで協会活動を積極的に展開して参ります。

 またご訪問中、天皇陛下とのご会談と徳仁皇太子殿下の羽田空港でのご送迎に、皇太子殿下は特に強い印象をもたれたようで、私共も皇室外交の意義とその重要性を再確認させていただきました。

 今回ご訪問が今後の日サ両国関係にとって新しい発展に向けての契機になることを希望し、協会も、微力ながら両国の国民の相互理解に役立つ事業を展開していきたいと思います。


戦略的パートナーシップの構築へ
‐スルターン皇太子訪日で前進‐

外務省中東アフリカ局
中東第二課長 岩井 文男
 スルタン ビン アブドルアジーズ アール=サウード サウジアラビア皇太子殿下は、本年4月5日から7日まで我が国を公式訪問されました。同殿下は滞日中、天皇陛下との御会見及び宮中午餐、小泉総理との首脳会談及び総理主催の晩餐会、森前総理をはじめとする日本・サウジアラビア友好議連幹部の表敬、二階経済産業大臣の表敬、日本サウディアラビア協会ならびに経済団体共催の昼食会等、精力的に日程をこなされました。今回の訪問は、サウジアラビア王国からの要人の訪問としては、1998年10月のアブドッラー皇太子(現国王)以来の元首級の訪日であり、内外で大きな注目を集め、両国の主要紙等で大きく報じられました。

 小泉総理との首脳会談では、総理より、昨年、日本とサウジアラビアは、外交関係樹立50周年を迎えたが、このような節目における訪日を歓迎する旨述べられ、サウジアラビアによる石油の安定供給と石油価格安定のための努力を高く評価されました。これに対し、スルタン皇太子は、サウジアラビアの重要な友好国である日本との最近の二国間関係の目覚しい発展を歓迎している旨のアブドッラー国王のメッセージを伝え、両国関係をより重層的にしていく必要性を述べつつ、日本政府の支援と民間企業による貢献を高く評価されました。また、両首脳は、イラクの復興やイラン情勢等に関する意見交換を行い、会談後には「日本・サウジアラビア王国間の戦略的・重要的パートナーシップ構築に向けて」という共同声明が発出されるとともに、「日本国外務省とサウジアラビア王国外務省間の政策協議に関する覚書」が署名されました。

 上記共同声明では、経済、文化、環境、航空を含むあらゆる分野における戦略対話を促進することが合意されました。また、中東地域の平和と安定に向け両国が協同して努力を行うことが確認されたほか、日本とサウジアラビアをはじめとするGCC諸国とのFTA交渉の開始を初めて対外的に表明しました。このように、中東の盟主たるサウジアラビアとの新たな戦略的・重層的なパートナーシップ構築を内外に表明したことは、両国間のさらなる関係強化や中東の平和の安定にとって極めて有益であったと確信しております。


サウジ留学生と日・サ関係の将来への投資

早稲田大学大学院アジア太平洋研究科
博士課程 Eng.ブカーリ イサム
 「あ、い、う、え、お」「あ、い、う、え、お」と日本の先生が繰り返して言う。以前見たことのない形をしたこれらの文字で、本当に言語が成り立つのだろうか。それは私が日本語とはじめて出会った時の話です。心の中で、「悩む時間などないのだ!急いで日本語をマスターして、大学で日本の優れた技術と考え方を身につけて、将来母国の発展のために活用するのだ」と自分に話しかけました。そのように感じたサウジ留学生は少なくないはずです。日本について、質の高い自動車や電機製品やアニメーションに登場する忍者などのイメージしか持たなかったサウジの学生らは日本へ留学し、時間が経つに連れ日本を自分の第2の故郷と思うようになります。そして将来日本・サウジアラビア間の架け橋として大きく活躍できることを願うのです。

 2006年4月にサウジ留学生にとってその夢を実現できるチャンスが訪れました。サウジアラビア王国スルターン ビン アブドルアジーズ皇太子殿下による歴史的な日本訪問です。サウジ人の間で日本語を上手に話しができる人材が非常に少ない中、大きく貢献したのは日本で学ぶサウジ人留学生だったのです。訪問以前の段階から、毎日のように会議やあらゆるコミュニケーションにおいて通訳、翻訳、コーディネーションを任されていました。メディア、セキュリティ、ホテル、大学など様々な分野や機関を担当していた学生もいました。その中で、スルターン皇太子殿下の正式会議の際、筆者が通訳をさせて頂いたことをとても誇りに思っています。それは一人のサウジ人留学生として、このような形で両国の関係に貢献できたからです。今までの多くの日本・サウジ正式会議において、日本の先生方或いは他のアラブ諸国出身の先生方が通訳を担当していました。今後とも、あらゆる分野において日本の大学を出たサウジ人留学生が活躍する場が増えるでしょう。

 また、日本におけるサウジ人材開発の戦略的重要性を背景に、サウジ政府による日本への奨学金制度が開始されることが表明されました。その上、スルターン ビン アブドルアジーズ皇太子殿下のご支援のもと、日本で勉強している私費サウジ人留学生が全員国費留学生になったのです。もちろん、日本・サウジ関係の将来を考えると、それは出資金の返還が保障された投資であり、リターンが多くなることが確実だと信じています。

 言うまでもなく、日本の大学における学術的科学的諸研究の民間部門との提携はそれら研究をより豊かなものにします。また派遣されるサウジアラビアの学生達に対して、日本が秀でている電子技術、動体機技術、ロボット工学などを専攻することを可能にするのです。さらに、場合によっては研究が技術的イノベーションの段階に達するものもあります。

 その例として、山梨大学のサウジアラビア学生ヌーリ・アルシャビーブが第25回日本応用電子医学学会において得た最優秀賞が挙げられます。高速応答化したPOF水分センサーを用いる異常呼吸光診断と声帯失陥者用無音光マイクロホンの開発がそれです。またサウジアラビアの早稲田大学在籍の筆者も参加したカーナビゲーション システムの大手企業との共同開発が成功した例があります。この研究結果は、日本情報処理学会誌に掲載されました。

 一方、サウジアラビアにおいて日本の大学や研究機関の認識度が低いことは大きな課題の一つだと考えられます。

 最後に、サウジアラビアは日本に対する最大の石油輸出国です。他方、日本はサウジアラビアにとって二番目の貿易パートナーであり、また2005年においては最大の対サウジアラビア直接投資国となっています。それにしても拘わらず欧米諸国に比べて、日本へ留学しているサウジ学生の少なさは目立っています。両国間の戦略的・重層的パートナーシップ構築に向けて、留学を手段とした人材開発が欠かせない投資であり、近いうちに日本への留学派遣が継続性のある形で実行段階に移ることを心から願います。そして、いつか日本の大学を出たサウジ留学生が大臣として日本を訪れる日が待ち遠しく感じるのは私だけでしょうか。

スルターン皇太子殿下と白井早大総長の通訳をする筆者
スルターン皇太子殿下と白井早大総長の通訳をする筆者
(写真提供:早稲田大学)



転載:「日本サウディアラビア協会報」
No.217 June 2006

(2007年6月8日更新)













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