サウディ遺跡調査

—サウディアラビアの考古学的調査—
 私どもは、「東西海上交流史の実証的研究」を研究目的の基盤に捉え、イスラーム考古学的発掘調査によって得られる物質を中心に文化交流の研究を進めてきた。最近は、「海のネットワーク」の有機的結合のあり方を研究し、陸に生きた人々と海に生きた人々の交流によって創りあげられた世界、文化を明らかにしようとしている。

 このような目的を達成するために、1978年以来、エジプト、スーダンの諸遺跡の発掘調査を約40回にわたって継続してきた。また、巡礼路・交易路沿いの岩壁に刻まれた碑文の調査も行っている。


岸壁碑文を撮影する筆者
岸壁碑文を撮影する筆者

サウディアラビアへ
 2001年1月、筆者は慶應義塾大学大学院の徳永里砂さんとサウディアラビア教育省考古・博物館庁の許可を得て、サウディアラビアを1ヶ月間訪問した。訪問目的はアラビア文字、ベドウィン(サムード)文字、古代南アラビア文字による岩壁碑文サイトと諸遺跡の現状を把握することであった。

 この期間中に河野洋平外務大臣を長とする経済文化使節団のサウディアラビア訪問があり、国際協力事業団(JICA)による技術協力事業の一環として、サウディアラビアに科学的発掘技術を移転する計画が持ち上がり、筆者が責任者となった。

 JICAによる発掘調査計画は2年間の準備段階を終え、イスラーム時代の遺跡発掘調査、プレ・イスラーム時代の遺跡発掘調査、諸言語による岩壁碑文調査を実施しつつ調査関連諸技術を移転することで、考古・博物館庁と合意に達した。

 2002年9月には、紅海沿岸の初期イスラーム時代の港市ジャール遺跡の発掘調査、ジャール〜ヤンブゥ地域から聖都マディーナに至る巡礼路・交易路周辺およびナジュラーン地方ビィル・ヒマー〜ヤダマ地域の岩壁碑文調査が決定し、プレ・イスラーム時代の遺跡については再検討することが決定された。そして、2003年1〜2月には、測量士とともに調査予定地の予備調査を行った。

ジャール遺跡
 ジャールは聖都マディーナの外港として、初期イスラーム時代の紅海で最も繁栄した港市のひとつで、マディーナがヤスリブと呼ばれていたプレ・イスラーム時代から機能していた港である。

 イスラーム時代に入ると、小麦などの食糧品を穀倉地エジプトからイスラーム共同体の首都マディーナに運ぶための港として大いに繁栄した。10世紀以降、イブン・ハウカル、ムカッダスィーなどの地理学者たちがエジプトの食糧倉庫として、また、巡礼港としてのジャールの繁栄振りを記述している。

 現在、ここにはコの字型の市壁と多数の建造物跡が残り、9〜10世紀のガラス器片多数と共に、10世紀の越州窯青磁片を含む中国陶磁器片、イスラーム陶器片などが遺跡表面で確認されている。この港が繁栄したのは11、12世紀頃までで、その後、主要港はヤンブゥに移行した。

 この時代と歴史の流れは、筆者が1985年以来継続調査しているシナイ半島南西部の港市ラーヤ遺跡およびトゥール・キーラーニー遺跡と同じである。ジャール遺跡発掘調査の成果は紅海を中心とする文化交流の歴史を解明する鍵を与えるものと期待されるところである。


フライシュ地域のアラビア文字碑文と徳永さん   ヒジュラ暦191年のアラビア文字クーファ書体の碑文とサムード文字碑文
フライシュ地域のアラビア文字碑文と徳永さん   ヒジュラ暦191年のアラビア文字
クーファ書体の碑文とサムード文字碑文

岩壁碑文調査
 アラビア半島では、先史時代の岩絵に始まり、古代からイスラーム時代に至る無数の岩壁碑文が確認され、これらの調査研究は考古学の一分野として重要な地位を占めている。

 2002年1〜3月の調査では、マディーナ地域で511点、ナジュラーン地方で90点のアラビア語岸壁碑文を発見した。一方、古代南アラビア語碑文とサムード碑文に関しては、前者で80点、後者で約6,000点を発見した。

 アラビア語碑文に関して言えば、極めて熟練した筆致で刻まれた良質の碑文(祈願文、訪問記録などが中心)が多数発見された。今回の調査で特筆すべきことは、ヒジュラ暦100年代を中心に年代の刻まれた碑文が高比率で発見されたことである。

 また、女性名で書かれた碑文、出自部族を示すニスバを含む碑文などが発見され、今後のルート研究、部族研究、地名研究、人名研究、書体研究などに極めて重要な史料を付加することとなった。

 JICAプロジェクトは、2003年12月から開始される。でき得る限り長期にわたって調査と技術協力を継続し、日本の発掘調査・文化財保護の思想を普及し、考古学的調査を通じて日サ相互理解を促進することを目指している。これを機にイスラーム考古学、サウディアラビア考古学を学ぶ若い人々が増加することを願ってやまない。


川床 睦夫(財団法人中近東文化センター主任研究員)


(※役職名等は、すべて当時のものです)


転載:「日本サウディアラビア協会報」
No.211 September2003

(2007年8月3日更新)













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