サウディの日本人


人気コメディドラマ『ターシ・マ・ターシ』
—サウディの日常生活、習慣、社会背景を知る—


サウディにはラマダン月になると放映される人気コメディドラマ『ターシ・マ・ターシ』がある。

日中の断食(Fasting)が終わり、日没後、フトゥールと呼ばれるBreakfastを家族みんなで賑やかに食べるわけであるが、その団欒のひと時に放送されるこの番組は、サウディでは驚異的な人気とそれに裏打ちされた視聴率を誇っているのである。ロケ地も出演者もドラマの中のセリフ(方言)もほとんど“Made in Saudi”で、毎回1話完結のストーリー展開になっている。

何故、この『ターシ・マ・ターシ』がこれほどの人気を誇っているのかといえば、サウディの一般社会で起こりえる身近な社会現象や問題をコメディタッチで描いている点だといえる。ドラマの中で展開されるストーリーは、誰もが「あるある、こういう話!」と共感、共鳴でき、一方で、ひと口にサウディといっても地方、地域によって習慣や物事の捉え方に若干の違いがあり、それらを巧くデフォルメして話の中に盛り込んでいる点も人気の秘密だ。加えて外国人である私にとっては、笑いながらサウディの日常生活や習慣、社会背景などを知ることの出来る「社会学習」番組でもある。

例えばある回では、リヤード出身の男性とジェッダ出身の女性が結婚することになり、披露宴はそれぞれの親戚を呼んでリヤードとジェッダで2回行った。こちらでは一組のカップルが披露宴だけでも2〜6回位行うのは珍しいことではない。日本なら披露宴は1回というのが一般的であるから、これだけでも驚くべきことだが、注目すべき点はその披露宴の様子だ。リヤードでの披露宴会場では、招待客は極めて厳粛に、ややもすると結婚式ではなく葬式ではないかと思えるほど、会場は終始水を打ったように静まり返っているのだが、それに対し、ジェッダの会場に集まった客はプロのダンサーやバンドを呼んで客同士の世間話はもちろん、終始ワイワイガヤガヤ、ダンサーに混じって客も踊り出し、最後には新郎新婦の家族までが会場中央に引っ張り出され、陽気に踊って騒いで明け暮れる・・・というストーリー展開なのである。これはリヤード(Najd地方)とジェッダ(Hijaz地方)の民族性の違いを描いた話で、昔からの伝統や習慣、格式を重んじる首都リヤードと、貿易都市として外国の影響を受けながら発展したジェッダ、それぞれに暮らす人々の人格や人間性の違いを結婚式という題材を使って実にわかりやすく見事に表現していた。

また、別の回では、失業したサウディ男性が個人タクシーのドライバーに転職するという話だった。道端でタクシーを待っている客の前で車を止め、ドアを開けると、客は開口一番、このドライバーに向かって「あんたはサウディ人か?」と尋ねるのである。というのもこのドライバーはサウディ男性の日常服であるソーブ&ゴトラ姿をしているからだ。このドライバーが「そうです」と答えると、客は「じゃぁ、乗らない。別のタクシーを拾うからさっさと行ってくれ」というのである。サウディのタクシー利用客は主に運転免許を持っていない青少年や子供連れで買い物などに出かける奥様方だ。連日、このドライバーは乗車前の客から同じ質問をされ、最終的にはいつも客を乗車させることが出来ないのである。そこである日、このドライバーはソーブを脱ぎ捨て、ワイシャツにネクタイ、スラックスという服装に変えた。するとどの客もこの質問をしないばかりか、ドライバーを外国人労働者だと信じ込み、すんなりとタクシーに乗り込むようになるので。

これを見た時、実に意外だった。日本人の感覚だと、拾ったタクシーのドライバーが外国人だったら、多くの人が乗車を躊躇するだろうし、同じ条件のタクシーでドライバーが日本人と外国人だけの違いだったら、殆どの人が日本人ドライバーを選ぶに違いない。それがここでは逆なのだ。不思議に思った私は周囲の人にアンケートをとってみたのだが、結果はドラマ同様「外国人ドライバーを選ぶ」と答えた人が圧倒的に多かった。理由は、サウディ人ドライバーの中には客が女性や子供と見ると、馴れ馴れしく話し掛けてきたり、説教をしたりと、口やかましいドライバーが居るのだそうだ。特に女性客の場合、見知らぬ男性から気易く応対されることを敬遠するので、目的地さえ伝えればムダ話などせずに職務を遂行する外国人ドライバーのタクシーのほうが利用しやすいというのだ。理由を聞くと「なるほど、お国柄だ」妙に納得させられる。

ところで、番組のタイトルにもなっている『ターシ・マ・ターシ』の意味だが、「ターシ」はアラビア語の動詞「ヤティーシ」の過去形、名詞形は「タイシ」で「軽率、不謹慎、無分別」という意味がある。「マ」は英語のnotに相当するので、直訳するなら「軽率or慎重」ということになろうか。ところが、一般社会に於いてこの表現を使っても意味が通じないし、普通こういう表現はしない。実はこの『ターシ・マ・ターシ』には特別な意味と使われ方があるのだ。

今から30年位前、子供達の間であるゲームが流行した。それは、街角にある食料品店へ行き、ペプシなどの炭酸飲料を選び、それを思い切り振る。当時サウディにはまだ缶入りの炭酸飲料は無く、瓶入りが主流であった。炭酸飲料を振れば、当然のことながら、栓を抜いた途端、中身が噴き出すということは誰でも想像がつく。当時からサウディ国内には炭酸飲料工場があったが、現在のようにビン詰技術も発達しておらず、なかには振って栓を抜いても、中身が噴き出さないこともあったのだそうだ。子供達は瓶を振り、「ターシ!?(噴き出すか)」、「マ・ターシ!?(噴き出さないか)」というゲームをするのだ。栓を抜いてみての結果で、ゲームの勝者は敗者に炭酸飲料をご馳走してもらえるという、遊びの少ない時代の子供達が生み出したゲーム、それが『ターシ・マ・ターシ』の意味なのである。

しかし、このような背景があるにもかかわらず、これほどの人気番組であるにもかかわらず、そして、これがアラビア語であるにもかかわらず、20−30代のサウディ人に『ターシ・マ・ターシ』の意味を聞いても、答えられない(知らない)場合が多い。今の20−30代の人々が少年期を過ごした時代は、物質的にも経済的にも恵まれた時代であったために、彼らの少年時代には既に『ターシ・マ・ターシ』という遊びも言葉も風化し、自然消滅してしまっていた。今の日本の子供にベーゴマやめんこを与えても遊び方がわからない、ヘタをすると言葉そのものも知らないのと同様、若い世代のサウディ人が『ターシ・マ・ターシ』を知らないのはある意味で時代の流れだとも言える。

この番組の主役格の2人の俳優は幼なじみであり、番組の専属俳優である傍ら、この番組の企画・制作を担当する会社の共同経営者でもある。40代である2人も、かつてこのゲームで遊んだ世代で、番組を制作するにあたって、迷わずこのゲームの名を番組名にしようと決めたとある取材の中で語っている。産油国として発展する前の、素朴ながらも「古き良き時代のサウディ」を、風化してしまった言葉を敢えて使うことで温故知新的なメッセージとして視聴者に伝えたかったのかとも思えるし、あるいは、これはあくまでも私の推測でしかないが、番組を見た視聴者が「ターシ(噴き出す=爆笑する)か」、「マ・ターシ(ウケない)か」という意味を含んでいるのではないかと思ったりもする。

ともあれ、サウディが生んだ人気番組『ターシ・マ・ターシ』は、サウディの人々にとって愉快・痛快な番組であるだけでなく、外国人の目から見ても市井のサウディを知ることが出来る数少ない番組のひとつである。登場人物のゴトラの巻き方やソーブのデザインの違い、話し方やボディアクション等の演出から、製作者側がどんな人物像を描こうとしているのか、視聴者側にも十分に伝わってくるからだ。サウディ男性といえば「ソーブにゴトラ」スタイルが一般的であり、一見するとどれも同じだと思われがちだ。が、しかし、年齢や職業、社会的地位によって、人それぞれ着こなし方やこだわり、ポリシーも違う。もしご覧になる機会があれば、そうした「行間の表現」にも注目しながら見ると、新たな楽しみ方も出来るのではないだろうか。

Black Veil(リヤード在住)


主演のアブドッラー サドハーンとナーセル ガサビー 「上にいるけど大丈夫か?車の修理はそれぞれやろうぜ!」
主演のアブドッラー サドハーンと
ナーセル ガサビー
「上にいるけど大丈夫か?
車の修理はそれぞれやろうぜ!」
 
「あんたに首ったけ!」 「残高もないのに小切手切るな!」「金>は天下の周りもの」
「あんたに首ったけ!」 「残高もないのに小切手切るな!」
「金は天下の周りもの」











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