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ジェッダ
 
この地域の基本情報

ジェッダは人口221万人を誇る、サウジアラビアを代表する大都市である。古くから貿易港として栄え、まさに「サウジの大阪」と呼びたくなる活気にあふれて いる。伝統と近代化の調和もすばらしいものがある。

ジェッダでの訪問先

12月25日〜28日

 1)ジェッダ空港 
 2)海岸リゾート
 3)クルディ元大使との昼食会
 4)ナシーフ邸
 5)アル・アフリー銀行
 6)サウジサイエンスクラブ
 7)サウジ地質学調査局

12月31日〜1月3日

 1)ファハド・イブン・アブドゥッラー殿下との会見
 2)サウジエアライン本社
 3)オールドジェッダ

1月6日〜8日

 1)キングファハド噴水
 2)サッカー観戦
 3)日本領事館
 4)スークでのショッピング



-12月25日〜12月28日の訪問 -

ジェッダ空港

 サウジアラビアへの玄関であるジェッダ空港には、同じ中東地域でも他の国では見られない独得の雰囲気がある。この地に降り立った者がまず目にするのは、巡礼衣を身にまとった人びとの神秘的な雰囲気である。メッカに程近いジェッダは、すでに巡礼衣に着替えなければならない領域の内側に入っているのである。巡礼者は世界中から詰め掛けるため、その外見は様々に異なっている。しかし、二枚の布を体に巻きつける巡礼衣はすべての男性の巡礼者に共通のものである。そんな人びとの姿から、メッカ、メディナの二大聖地をかかえる国サウジアラビアへとやってきたことがはっきりと認識される。

 そして空港を出ると、すぐそばに巨大な巡礼者休息所が屹立している。世界中からの巡礼者がまずここで休憩を取り、イスラーム教徒の生涯の夢である二大聖地巡礼へと進むのである。サウジアラビア政府による巡礼者への深い配慮が、壮大な建物からもうかがえる。
 

海岸リゾート

リゾート

 ジェッダ近郊には、世界有数の美景を誇る紅海に臨むリゾート施設が立ち並んでいる。休日には、ジェッダの喧騒を逃れ、家族連れで訪れる人が多いという。

 リゾートオーナーのオフィスには、一帯の衛星写真が飾られていた。ゴルフ場までそなえているその広さに、土地の少ない国からやって来た私たちはとてもおどろいた。

 プライベートビーチ付きの別荘は1軒300万ドルする。サウジアラビアでは、家族のプライベート空間を確保することが非常に重要である。そんな国にぴったりのリゾートといえるのではないだろうか。また、興味深いのはその経営手法である。ただの空き地であったものを、地権者とビジネスマンのジョイントベンチャーの形でこのように発展させて来たということである。近代的な経営理念がこの国にもしっかりと根づいていることが感じられた。

世界屈指の美しさを持つ紅海をながめつつカクテルを飲んだ。カクテルといっても、アルコールではない。イチゴ、グァバ、マンゴー、オレンジなどの果物をを直接ミキサーで液状化したミックスフルーツジュースである。日本人から見ればまことに贅沢な飲物である。紅海に沈む夕日を眺めながら、贅沢に時間が過ぎていくのを感じ、この国に住んでいる人は幸せだろうな、と心から感じた。


クルディ元大使との昼食会

クルディ元大使との昼食会

 元駐日大使クルディ氏との昼食会が海岸の屋外レストランで開かれた。クルディ氏は大変な親日家としてしられ、サウジ文化やイスラーム、アラビア語についての漫画を原作するなど、日本とサウジの懸け橋として長年御活躍されて来た方である。高度成長期をむかえる時期から日本を見守って下さった方であり、そのお話は非常に興味深かった。昼食会には日本総領事や、クルディ 元大使と親交のある各界の日本人の方にもいらして頂いた。

 まずは伝統的なテントに通されコーヒーとナツメヤシをついばみながら歓談した。コーヒーは香草入りで、独特の味がする。ナツメヤシは砂漠の主食といわれる食物で、非常に高い栄養素を含む。

 コーヒーのあとは、屋外昼食会となる。夏には50度を越えるそうだが, 冬のジェッダは気温も20-30度台ですごしやすい。大量の前菜のあと、羊や鳥のケバブ、魚介類と豪華な食事が続く。砂漠のイメージがつよかったサウジアラビアだが、ここジェッダは紅海に面する港街である。魚介類の主類も豊富であった。


ナシーフ邸

 ナシーフ氏は元マジュリス・シューラ副議長であり、今回私たちの訪問を受 けて歓迎の夕食会会を開いて下さった。マジュリス・シューラとは国政の諮問会議で、日本の国会にあたるものである。ナシーフ氏は荘厳な髭をはやした方で、とてもにこやかに私たちに接して下さった。

料理の準備 食卓

 夕食会会場はナシーフ氏の旧宅で、うつくしいヒジャーズ地方の伝統建築であった。現在はレストレン兼博物館として使われている。古くから商業の中心として栄えたヒジャーズ地方の栄華を今に伝える様々な物が展示してあった。また、吹き抜けにして熱を逃がし、部屋をすずしくする仕組みなどの、古き良き伝統を見ることが出来た。

 夕食はヒジャーズの伝統料理。豆を煮詰めたフール、巨大な釡で焼く平らなパンのホブスなどは作っている現場を見せてもらい、出来立てをいただく。前菜にはじまりデザートにいたるまでの料理の量はまさに圧巻だった。ヒジャーズ独特の料理としては、肉をチーズで煮込んだ料理や、バナナとクリームをパイ生地にくるんだムタッバクなど、サウジでも食べられる場所のすくない貴重な伝統料理をいただいた。


アル・アフリー銀行

銀行 銀行業務

 アル・アフリー銀行(National Commercial Bank)は、中東トップクラスの規模を持つ銀行である。24階建ての本社はジェッダでもっとも高いビルである。

 一階のフロアには整理券式の窓口やATMが並び、日本の銀行と変わらない。他階には、貸金庫やVIP用の個人窓口があり、オンライン取引や24時間受付のテレフォンバンキングなどにも力が入っている。カスタマーサービスの充実が見て取れた。

展望台からの眺め

 屋上の展望台からはジェッダ市内が見渡せた。旧市街や巨大な港湾地区が目の前にあり、ビルがジェッダ中心部に立地していることが分かった。

 最上階のオフィスで頭取のお話を伺う。わずかな資本金から始まった銀行が中東最大規模のものにまで発展していく過程は、見事なサクセスストーリーだった。

 一見先進国と何ら変わることのないハイテク銀行だが、サウジ独得の要素も兼ね備えている。代表例は女性専用支店の存在だろう。


サウジサイエンスクラブジェッダ支部

サイエンスクラブの建物

 アブドルマジード殿下が会長を務めるサウジサイエンスクラブは、サウジ-日本衛星会議のサウジ側カウンターパートであり、今回の訪問の取り仕切ってくれた団体である。サイエンスクラブは、サウジ全国の高校から理系の優秀な生徒を集めて作られた学生ユニオンであり、今回各地で同行してくれた高校生も、皆サイエンスクラブのメンバーである。また、日本のみならず世界中の国の学生と交流を深めている。まさにサウジの次代を担う国際的なエリートを育てている団体なのである。

 サイエンスクラブ内には、各地を見学に行った時の写真が、所せましとならべてある。サイエンスクラブのマネージャーで、今回の旅行に終始同行して下さったアブドゥルハフィーズ氏が、その写真一枚一枚の思い出を語って下さった。

 写真にはアメリカ訪問時のNASA,シリコンバレーでの様子から、日本訪問時のものもあった。NECや宇宙開発事業団(NASDA)といった日本の科学技術の最先端を食い入るように見詰めているサウジ学生の目が印象的だった。

 日本の科学技術が、遠く離れたサウジの学生の心をとらえているのは非常にうれしかった。また、それを学び取ろうとするサウジ学生を、心から応援したくなった。今後も世界中の知識をサウジの学生が吸収できるように、サイエンスクラブの活動が広がることを心から祈った


サウジ地質学調査局

 サウジアラビアのような資源大国には欠かせない作業を行なっているのがここサウジ地質学調査局である。今回は地震計測と地図作成の部局を見学させていただいた。

地質学調査局 見学風景

 地震計測部局には、世界の断層活動に関する地図や写真が大量に飾られていた。特にサウジアラビア周辺に関しては詳細なデータが集められていた。地震は西部では時に発生するが、巨大油田の多い東部ではあまり発生しなていないということであった。地震情報などは海外資本の誘致にも欠かせないデータであり、サウジアラビアの今後の発展にむけて重要な部局であることを感じた。

 地図作製部局では、まず衛星写真の作製について見学させていただいた。ジェッダの地図を時代ごとにいくつかみせていただき、その発展の速さに驚いた。 そうした変化のはげしい都市情報を迅速に管理している様子が見て取れた。

 また、コンピュータを用いた地図作製についても見学させていただいた。衛星写真のような生のデータから、必要な情報をコンパクトに記したデジタル地図が作られるまでの過程が良く分かった。地図は各分野でのベースとなる情報ソースであり、その作製にはかなり力が入っていることが見て取れた。


 -12月31日〜1月3日の訪問 -

ファハド・イブン・アブドゥッラー殿下との会見

 1月1日、サウジ航空本社見学を終えた我々は、ファハド・イブン・アブドゥッラー殿下とジェッダ市内の宮殿で会見した。

 予定ではこの日、我々が会うのは我々を招待したサウジ・サイエンスクラブの会長で、メッカ州知事のアブドゥルマジード殿下であったが、殿下の多忙で叶わず、代理のファハド殿下(メッカ州治安維持担当)との会見となった。

 会見は過去2回(リヤド・ダンマーム)の殿下との会見と同じように進められた。はじめに日本人学生はそれぞれ殿下と握手、サウジ人学生はサウジ式で挨拶した。

 サウジ人学生代表のスピーチに続き、日本人学生代表、金野楽(慶應高校)によるスピーチ。彼は高校生らしく、サウジ旅行をクラスで自慢したときのクラスメートが驚いた様子をユニークに話し、殿下をはじめ臨席の笑いを誘った。また彼は、「今回の経験を活かしてサウジと日本の友好に貢献したい」と将来の夢を話した。

 最後にファハド殿下はサウジアラビアと日本の友好関係の重要性について、両国の学生を前に話した。最後に写真撮影。例によってテレビカメラ、カメラマンが多く集まり、この訪問旅行の注目度の高さを思わせた。また現地新聞に我々についての記事が見られるようになったのもこの会見の頃からであった。
 

サウジ・エアライン本社

サウジ・エアライン本社 社内見学

 ダンマームから戻った翌日、我々は市内にあるサウジ航空本社を訪問した。

 1945年設立の国営サウジ航空はサウジアラビア唯一の航空会社である。94年以降、スルタン殿下(第2副首相、国防・航空相)が会長を務めている。国内25、世界58の空港から発着、毎年1200万人の乗客、2億2500万キログラムの貨物を運んでいる。中東最多の114機を所有、従業員は24000名である(うちサウジ人88.2%)。

 今回の我々の旅行でも、5回の飛行機による国内移動は全てサウジ航空が利用された。ジェッダ・ドバイ、ドバイ・大阪間はエミレーツ航空を利用した。サウジ航空による日本への便はまだない。

 見学の中心はサウジ航空の機内サービスについての説明であった。

 2002年4月よりサウジ航空は「ゴールデン・サービス」というファーストクラスの乗客向けの新しいサービスを開始した。寝袋型ブランケット、パジャマの提供、往復でデザインの違うカバンの提供、子ども用ベッド、ランチボックス……などサービスは細かいところまで様々である。トイレ内の設備(5つ星ホテル並タオル)まで徹底されている。

 特に食事については、前菜・サラダ・スープ・メイン・デザートの全てを選択制にし、ベジタリアン用もアジア系・西洋系の2タイプ、ベビーフード・断食明け弁当の用意もするなど、食を大切にするサウジらしさが感じられた。ハネムーン乗客へのお祝いケーキも全てのクラスで用意されるという。「食べたいとき、欲しいときにいつでも提供」ということが繰り返し強調された。

 また、サウジ航空が誇りとしているのが、「世界一充実している」という障害者用のサービスである。1992年に世界で初めて障害者用の特別な食事を導入、あらかじめカットした食品や液体の食品を中心に食べやすい機内食の提供を始めた。2000年にはIFCA(世界障害者連盟)からサービス提供を理由に賞が贈られた。

 リヤドのキング・ハーリッド国際空港にも似た、洗練されたデザインの本社ビルの外観は空港と同様、サウジの国力の大きさを思わせるものであった。

 2001年のゴールデンウィークにはサウジ航空全面協力のもと、サウジ航空チャーター便を利用した観光ツアーも実現した。これが従来観光旅行を奨励していないサウジアラビアに日本人旅行者がさらに多く訪れるきっかけになることを期待したい。関係者は日本との定期便の運行について「検討中である」とも発言した。仮に関空・リヤド間で実現した場合、行き11時間45分・帰り9時間30分の便で両国は結ばれることになる。

 個人的には、離陸直前に繰り返される「アッラーフ・アクバル!(アッラーは偉大なり)」の機内アナウンスが印象的であった。(これはクルアーンの旅の章の句である)。


オールド・ジェッダ

 1月1日、我々は念願の「オールド・ジェッダ」見学をすることができた。というのも到着以来温かいもてなしを受け、様々な場所を訪問するものの、一番の関心の対象であるサウジ人一般市民の生活を垣間見るチャンスはほとんど無かったからである。

 バスでオールド・ジェッダに到着したのは夕暮れ近く、五時過ぎであった。バスを降り、食料や衣服などの店の立ち並ぶ通りを歩くとすぐに中心部へとたどり着いた。

 このオールド・ジェッダの全景は、ジェッダ3日目に銀行タワーを見学した際に見ることができた。高さの低い建物の密集した狭い地域で、明らかにビルが立ち並ぶ他の地域とは一線を画していた。聖地巡礼への主要な中継都市として発展したジェッダも300から200年前まではわずかこの1平方キロメートルの都市であった。それが現在では人口221万人、1200平方キロメートルもの大都市にまで発展している。

 オールド・ジェッダの建物に特徴的なのは、ローシャンと呼ばれるヒジャーズ地方の典型的な建築様式である。建物はコーラルとチーク材で作られ、壁から窓が張り出し、風を入れ光を防ぎ、冷房機の役割を果たしている。オールド・ジェッダにはこのような古い建物が約500存在し、政府はこれら伝統的建築の保存事業を進めている。

ヒジャーズ地方の伝統的建築 ジェッダの伝統的建築

 我々が訪ねたナシーフ・ハウスもそのひとつである。案内してくれたのはジェッダ2日目に我々を夕食に招待してくれた、諮問会議(マジュリス・シューラ)の元副議長で、サイエンスクラブ副会長のアブドゥッラー・ナシーフ博士であった。ナシーフ家はかつてオスマン・トルコ末期にジェッダの代官を務めた名門で、このナシーフ・ハウスは140年前にナシーフ博士の曽祖父に当たる人物が建てたという。彼はアブドゥルアジーズ初代国王とも親交が深く、ジェッダ入り以前から研究のやり取りをしていたそうである。

博士の話に耳を傾ける 屋上からの眺め

 我々は涼しい屋上で、ナシーフ博士の話を聞きながらコーヒーと紅茶を楽しんだ。屋上には建物内部に通じる穴があった。雨水を貯めておく仕組みだという。アブドゥルアジーズも宿泊の際に寝たという高い小屋の中からはオールド・ジェッダの町を一望することができた。今にも崩れそうな古い建物が立ち並ぶ街に日が沈もうとしていた。

祈りの時間

 すると突然、祈りの時間を告げる合図(アザーン)が街中に響き始めた。それまで早朝、昼、夜に幾度と無く聞いていたアザーンの声も、白く古い街を夕日が赤く染めるのを見ながら聞くと、何か異様な感じがする。アザーンの声を聞いて店がシャッターを閉め、人々が通りを歩いてモスクへ向かう様子を見ることができた。思えばサウジ到着以来、モスク、アバヤ等といったものでイスラムを見ることはあったが、このように五感でイスラムの響きを感じたのは初めてであった。

 ジェッダで合流した学生で、日本人学生とも積極的に交流をしていたアハマドという学生に私は感じたことを伝えた。頭の良い彼は、アザーンの持つ宗教的意味をこう表現した。「Peace gets into our mind.」。アザーンを聞くと「平安が心の中に染み入ってくる」。そう言って彼は祈りの列に加わった。私はその言葉に深くうなずいた。オールド・ジェッダの中心で覚えた、かつて無いほどの神聖な感動は、この旅行で私の得た最も貴重な経験と言ってもいい。

夜のオールド・ジェッダ

 お祈りが終わるとすっかり暗くなってしまっていた。通りを出るとスークは一段とその賑わいを増している。我々はもっと歩いて見学したい気持ちでいっぱいであったが、ジェッダで一番(値段の)高い結婚式場のレストランでの、銀行主催の夕食会の時間が迫っているという。名残惜しい気持ちで我々はオールド・ジェッダを後にして、バスに乗り込んだ。


-1月6日〜1月8日の訪問 -

キングファハド噴水

噴水

 キングファハド噴水は、ファハド国王がジェッダ市民のために作った、世界で一番高く水を吹き上げる噴水だ。噴水は24時間、ジェット機のエンジンを利用して約260メートルの高さまで吹き上げる。ジェッダ市内からはどこからでも見ることができる。サウジアラビアというと砂漠で水がないというイメージがあるが、ジェッダのこの噴水を見るとそのイメージは変わってしまうだろう。


サッカー観戦

 滞在中に偶然にもジェッダのサッカークラブチーム「アルイッティハード」VS「ACミラン」のアルイッティハード75年周年記念試合を観戦することが出来た。

 サッカー場に向かう間の道路はとても混雑していた。サッカー上の周りの駐車場にはジェッダのすべて車が集まっているのではと思うほどの車が集まっていた。これはサウジアラビアの国技がサッカーであり、サウジアラビア人に一番人気のあるスポーツがサッカーだからだ。現地で会った多くのサウジアラビア学生はサッカーが大好きだった。

サッカー場のVIP席 光と音の演出 サッカー観戦

 サッカー場へは王子のはからいで特別な通路から入ることが出来た。そして試合はVIP席から観戦させて頂いた。VIP席はかなり広く、100人ほどが同時に試合を観戦できるほどだった。VIP席の周りのガラスはもちろん防弾ガラスで覆われていた。

 満員のサッカー場。今か今かと試合開始を待っていたが、記念試合のためか、かなり派手な演出が行われている。サッカー場の照明が消され、大音量の音楽、そしていろんな方向から光が飛び交う、最後には風船があげられるという演出だった。

 演出に満員の観衆はヒートアップ、そして試合がはじまった。試合はというと前半はACミランがペースを握り、アルイッティハードは防戦一方だったが、アルイッティハードが攻めている時の観衆の応援はすごかった。後半は、アルイッティハードが善戦する場面があり、1点を返した。結局3対1、ACミランの勝利に終わったが見ごたえのある試合にとても興奮した。このようなすばらしい機会を与えてくださった王子には一同とても感謝している。


日本領事館

 日本領事棚木 元様のご招待で、日本領事館で昼食会を開いていただいた。昼食会はちょうど一同がサウジアラビアに滞在して2週間も経とうかという時であった。その時にご用意していただいたのは日本食だったのである。棚木様のご配慮には一同涙を流すほど感謝していたのを思い出す。

 この昼食会には、日本で勉強され現在サウジアラビアで活躍されているサウジアラビア人の方が多数いらしゃった。また、サウジアラビア研究で有名な片倉先生にお会いすることも出来た。日本との交流を深めていらっしゃるサウジアラビア人の方々、サウジアラビアとの交流を深めていらっしゃる日本人の方々に直接お会いすることができ、この旅の先にあるサウジアラビアと日本のかけはしになるという自分の姿に確信を持てた。
 

スークでのショッピング

 サウジアラビア滞在の最終日に、ショッピングを兼ねてスークに行った。スークでは、アラビアならではのアンティークな商品やみやげ物が安く手に入る、世界でも上質の金が安く買える街としても有名である。

 まず、向かったのがナツメヤシを売っているお店である。ナツメヤシだけを売っているわけではなく、さまざまなアラビアのスイーツを売っている。時間があればすべてのスイーツを試したくなるほど多くのスイーツがあった。お目当てのナツメヤシを見つけたが、そこには値段がかかれていない。品物の値段は交渉によって決まる。これはサウジアラビアでは当たり前のことで、この店をはじめ、スークで訪れたすべての店で値札を見ることはなかった。時間があれば値段交渉を楽しみながらショッピングをと思っていたが、時間があまりなかったので、同行してくれたサウジサイエンスクラブの方に値段交渉をお願いし、一同で大量のナツメヤシを購入した。

 次に向かったのが、服屋だ。理由は簡単。2週間の間毎日見ていたあの白い服(トーブ) と頭に乗せているい輪を1セット購入したかったからだ。私だけでなく一同、同じ意見で、全員購入し東京に帰り、皆でこの服を着て集まろうということになった。皆で1セット購入した。その後、他の服を見たのだがこれがとても面白い。ほとんどの服が日本や西洋の服と違い、ボタンやベルトといったものがないのだ。また、ズボンやシャツという概念もない。一言で言うと「つなぎ」なのである。上半身の部分はボタンのないシャツのようで、下半身の部分はスカートのようになっている。そして、上半身と下半身の部分はつながっている。どのようにして着るかというと、スカートのような部分から頭を入れ、そのまま被るようにして着るのである。着心地はというとこれがすこぶる気持ちがいい。スカートのような部分の下からは風が入ってくるし、ベルトやボタンといったしめつけるようなものがないので、あまり服を着ているという感覚がないようにも感じられた。気温が高い国ならではなの服装だと思った。とても気に入ったので正装とは別に、父と友人へ2着別の服を購入した。

 滞在の間気になっていたことがもう一つある。それは女性の服装アバーヤとへジャーブだ。女性はどうやってあんな真っ黒な服を着ているのに暑くないのだろう。顔をすべて隠しているのに、どうして外が見えるのだろう。あの服は高価なのか?服に違いはあるのだろうか?????次々に疑問が湧いてくる。それではということで、アバーヤとヘジャーブが売っているお店に向かった。

 お店ではすばらしく感じの良いおにいさんから説明を受けることが出来た。実際にアバーヤとヘジャーブを手にしながら説明をしてもらい、様々な疑問が解消された。はじめに「どの色がいい?」といって、5つの真っ 黒な服を目の前に並べられた。「どの色といったっても私の目にはどれも真っ黒な服に見えるのだが?」と問い掛けたところ、「ココ、ココ」といっておにいさんが指差したところはなんと、真っ 黒な服の裏地だった。実は裏地はさまざまな色や模様があり、好みによって選ぶのだという。思わずへぇーこういう風になっているんだと感心した。実際に生地をさわってみるとかなり薄く作られている。そのため、風通しがよく、しかも中からは外を見ることが出来る。こうやって見られていたのかと思うと少し恥ずかしくなった。そうこう説明をうけて、さまざまな疑問が解決した時にはヘジャーブとアバーヤを3着も購入していた。値段が安かったからであるが、さすがスークの商人である。

 次に向かったのが金細工のお店である。世界でも上質の金が安く買える街とし ても有名だと聞いていたのでとても楽しみだった。しかし、困ったことが、、、、 金細工のお店はかなりの数があり通りに何十もあるのでどれに入ればよいのか迷っ てしまう。とりあえず近い店からということで入ってみた。

金細工店 装飾具の数々

  入って見るとそこには、子供の頃読んだアラビアンナイトの絵本に出てくるよう な光景が広がっていた。金、金、金。ゴールドの装飾品が所狭しと並べられてい た。一つ一つをじっくり見てみると、どれも装飾がとても凝っている。日本の百 貨店で見ることが出来るアクセサリーは、既製品が多く、凝ったデザインや一品 モノといったものにはなかなかお目にかかれない。しかし、このお店では、凝っ た一品モノのオンパレードだった。しかも、どれも日本の価格と比べると破格に 安かった。

 我々は男性だけの学生一行であるが、母へのおみやげ、彼女へのおみ やげ、中には将来のお嫁さん(まだ決まっていないが)へのプレゼントとして買う者まで出るという始末。日本人の観光客を呼べばこのスークの売上はかなり上がるだろうと思われた。

  そうこうしている内に時間はあっという間に過ぎてしまった。最終日の数時間し かショッピングが出来なかったことがとても悔やまれる。次にサウジに来る時は スークでのショッピングの時間を必ずもっと取ろうと思った。
 



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