ハディース学習
 

40のハディース(38)
『至高のアッラーに近付き彼の愛を得る方法』

 

このハディースはアルブハーリーによって伝承されています。

このハディースの重要性

アッラーは彼が援助する者たちを愛し庇護し、誰かが彼らに対して悪事を為す事を嫌います。このハディースは現世と来世においてアッラーが援助する者たち。愛する者たちとは誰であるのかを明らかにしています。またそのような立場を得るためには内面的な義務であるイーマーン(信仰)と外面的な義務であるイバーダート(崇拝行為)とイフサーンを遂行することが必要です。


単語の意味

عادى
アーダー
害を与え、言動によって怒らすこと。
ولياً
ワリーヤン
アッラーへの崇拝行為と服従を間断なく続ける者。「ワリー」とは「敵」の反対を意味します。「ワリー アッラー(アッラーのワリー)」とはアッラーによる知識を持ち、彼への服従行為を継続し、純正な意図をもって崇拝行為を行う者を指します。

『アッラーの友には本当に恐れもなく、憂いもないであろう。 かれらは信仰し、(アッラーを)畏れていた者たち。かれらに対しては現世でも、来世においても吉報がある。アッラーの御言葉には変更はない。それこそは偉大な、幸福の成就である。』(ユーヌス章62―64節)
فقد آذنته بالحرب
ファカド アーザントゥフ ビルハルブ
「アーザントゥフ」は公言した。「私の友がらに敵意を示す者には、自分は誰にたいしても戦いの宣言をする。」アッラーがしもべと戦った場合にはしもべが滅びます。
النوافل
アンナワーフィル
イバーダートのうちのスンナ。
استعاذني
イスタアーザニー
自分が恐れるものからの庇護を願うこと。
لأعيذنّه
ラウイーザンナフ
彼が恐れる物から私が彼を護る、という意味。




ハディースの理解とそれが導くこと

1 アッラーのワリーたち

アッラーは彼らのこと(ワリー)をクルアーンの中で信仰と篤信で特徴付けました。

『アッラーの友には本当に恐れもなく、憂いもないであろう。 かれらは信仰し、(アッラーを)畏れていた者たち。』(ユーヌス章62―63節)

この節からもわかるように信仰は第一の柱であり、アッラーを畏れることは第二の柱です。ですからこの条件のもとには多くの人々が含まれることが可能であるということです。そして安全と安堵の影に入ることができるのです。そして服従とただアッラーのためだけに崇拝することによってその者の信仰段階はムハンマドのウンマの先駆者たちの層にまで達します。

『その後、われはしもべの中から選んだ者に、この啓典を継がせた。だがかれらの中には、自ら魂を誤った者も、中間の道をとる者もあった。またかれらの中の或る者は、アッラーの御許しのもとに、率先して種々の善行に勤しむ者もあった。それは偉大な御恵みである。』(ファーティル章32節)

「自ら魂を誤った者」とは意志をもって罪を犯す者。
「中間の道をとる者」とは義務のことを行い禁じられたことを避ける者。この人々もワリーに含まれますが「率先して種々の善行に勤しむ者」より低い位置にいます。
「率先して種々の善行に勤しむ者」とは義務とスンナを行い、禁じられたことと忌み嫌われることを避ける者。これらの者はワリーの中でより高い位置にいます。

もっとも良いワリーとは誤りや罪から常に免れ、アッラーの奇跡により援助されている預言者たちや使徒たちです。そしてその後に続くのがクルアーンとスンナを学んだサハーバたちです。そして彼ら以後から今日に至るまでのワリーたちが彼らの後に続くこととなります。

本当のワリーとはイーマーンとタクワーがその者の人格の中で実現している者で、預言者に従い、言動において預言者を模倣した者のことです。

ですから今日、ごく少数の者たち、また更に占いなどを行う者たちをワリーと呼ぶのは間違いです。占いを行う者たちはアッラーのワリーというよりも、むしろシャイターンのワリーと呼ばれるに相応しいのです。

2 アッラーのワリーたちに対する敵対

敬虔な信者に害を与えたり、彼の財産・生命・名誉を傷付ける者全ては、アッラーが彼らに対して宣戦布告します。そしてもしアッラーがしもべに戦いを仕掛けた場合にはしもべは必ず滅びます。アッラーは罰を猶予しますが怠ることはありません。

3 最もよく最もアッラーがお好みになられる行為は義務の履行である

義務のことを行い、禁じられたことを避け、それらを純正な意図で行うことがアッラーのもとでの最も徳のある行為です。なぜなら至高のアッラーはしもべがアッラーに近付くために、そしてアッラーのご満悦と慈悲が彼らにあるようにこれらのことを義務付けたのです。

『一途にサジダして(主に)近付け。』(アルアラク章19節)

預言者は言いました。「しもべがもっともアッラーに近付くのは彼がサジダしている時である。」

また至高のアッラーに近付く義務の内には、支配者であれ、被支配者であれ、人々に公正に接することも含まれます。

4 アッラーへの反抗(罪)を避けることは義務に含まれる

あらゆる罪を犯すことがアッラーへの敵対とみなされます。

5 ナフル(スンナ)によってアッラーに近付くこと

『信仰する者よ、もしあなたがたの中から教えに背き去る者があれば、やがてアッラーは、民を愛でられ、かれらも主を敬愛するような外の民を連れてこられるであろう。かれらは信者に対しては謙虚であるが、不信心者に対しては意志堅固で力強く、アッラーの道のために奮闘努力し、非難者の悪ロを決して恐れない。これは、アッラーが御好みになられた者に与えられる恩恵である。アッラーは厚施にして全知であられる。』

ナフルとされているもの:クルアーンをたくさん読誦すること、意味を理解し思考しながらクルアーンを聞くこと、ズィクルをたくさんすることなど…

『だからわれを念じなさい。そうすればわれもあなたがたに就いて考慮するであろう。』(アルバカラ章152節)

6 ワリーに対するアッラーの愛の影響

アッラーの愛の影響がワリーに現れることについてハディースには「そして私が彼を愛するようになれば、私は彼の聞く耳、彼の見る眼、彼の打つ手、彼の歩く足となろう。」と述べられています。また他の伝承には「それによって理性的である彼の心に、そしてそれによってものを言う彼の舌に」と述べられています。この言葉はアッラーに近付くためにファルド(義務)そしてナフル(スンナ)によって努力した者には、アッラーが彼に近付き、信仰のレベルがイフサーンの段階に近付き、その者はアッラーをあたかも目の前に見ているかのように自分自身を監視し、アッラーを感じて崇拝するようになり、彼の心はアッラーを知ることと彼の愛と偉大さで、そして彼への畏怖と彼を切望する気持ちで満たされます。

そして思考のアッラーへの偉大さによって心が満たされた時それ以外のすべてのことが心から消され、しもべのもとには彼の欲望などのあらゆることが残らなくなります。そして彼の主が望むこと以外にはなにも望まなくなります。その時こそしもべは必ずアッラーを念じて話すようになり、また彼の命令によってのみ動くようになるのです。そしてもし話せばアッラーによって話、聞けばアッラーによって聞き、見ればアッラーによって見、もし強襲すればアッラーによって強襲するようになるのです。これが「そして私が彼を愛するようになれば、私は彼の聞く耳、彼の見る眼、彼の打つ手、彼の歩く足となろう。」の意味するところです。これはアッラーと人間の一体化やアッラーが人間に乗り移ることなどは意味しておらず、またこのようなことを信じることは背信なのです。

7 ワリーはドゥアーをかなえられる者

これはアッラーがワリーに与えた栄誉の1つで、彼が尋ねればアッラーは彼に与え、もしアッラーに助けを求めれば彼を助け、ドゥアーをすればそれに応えます。そして多くのサハーバたちがこのような栄誉を受けていました。例えばアルバラーウ ビン マーリクやアルバラーウ ビン アーズィブやサアド ビン アビー ワッカースなどです。
この「ドゥアーが叶う」とは、ここでは「実際にそのドゥアーが叶うこと、来世に貯蓄されること、それと同レベルの悪を彼から遠ざけること」を意味します。

8 謙虚であること

ナフルによってアッラーに近付くことは謙虚であることを目的としています。

預言者ムハンマドは言いました。「至高のアッラーはあなた方のうちの誰もが他者に自慢しないほど謙虚であるようにと私に命じた。」

9 その他ハディースから得られること

  • ワリーの価値の偉大さ
  • ワリーに敵対しないよう心掛けること。これはそれによってアッラーからの復讐を受けることになり、自分自身や財産や子供たちに災難を受ける可能性があるからです。





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2005年 アラブ イスラーム学院