ハディース学習
 

40のハディース(22)
『天国への道』

 

このハディースはムスリムによる伝承です。

このハディースの重要性

行為は心によるものと肉体によるものがあります。そしてそれぞれが許可されたもの、つまりハラール、あるいは禁じられたもの、つまりハラームのものです。ですからハラールのものを自分に許可し、ハラームのものを禁じれば宗教の義務全てを行ったことになり、天国に安全に入ります。



単語の意味

رجلاً
ラジュラン
この男はアンヌウマーン ブン カウカル アルフザーイーです。彼はバドルの戦いに参加し、ウフドの戦いで殉教しました。その日彼はいいました。「アッラーに誓って、太陽が沈む前に天国の緑地を片足を引いて踏みしめる。」預言者は彼が殉教した後言いました。「アンヌウマーンはアッラーが良くして下さる事を予想し、そのとおりのことを見つけた。私は彼が天国の緑の中を片足を引きずって歩いているのを見た。」
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ア ラアイタ
私に教えてくださいの意味。
المكتوبات
アルマクトゥーバート
義務付けられたこと。ここでは5回の義務の礼拝。
رمضان
ラマダーン
ラマダーン月。
أحللت الحلال
アハラルトルハラール
その許可を確信し、そのうちの義務を行うこと。義務でないことに関しては行わなくとも問題ない。
حرمت الحرام
ハッラムトゥルハラーム
それが禁じられていると確信していることを避けること。
أدخل الجنة
アドゥフルルジャンナ
罰されること無く天国に入る。




ハディースの理解とそれが導くこと

1 アッラーの使徒が世界の慈悲として遣わされた事

アッラー預言者ムハンマドを、人びとを地獄の業火へと導く迷いから救い、天国へと続く導きの道へ先導するために、人びとへの慈悲として遣わしました。天国への道は簡単で明らかであり、アッラーはそこへ導かれるための境界線を引き、そこにおける行為を義務付けました。ですから、その境界線で立ち止まり、定められたことを行えば、目的地へとたどり着くことが出来、また、逆に、アッラーの命令に反すれば、破滅への道へと引っ張られていくのです。ここでのポイントはアッラーの定めたこれらの境界線は人間の能力でもって可能なことであるということです。アッラーはしもべたちに対し、困難なことを望まず、容易なことを望みます。これらのことは預言者のハディースからも明らかです。

 

2 天国を切望することとその方法の追求

この事に関し質問者は質問をし、預言者はその質問に答え、彼の要望に応えました。このハディース以外にもこのような方法でなされた質問はたくさんあります。その都度預言者はサハーバたちを様々な方法で指導し続けました。天国へ入るための方法として預言者はつぎのようにも言いました。

アッラーをほかの何者をも同等とせずに崇めなさい。礼拝を行いなさい。ザカートを払いなさい。親戚たちによくしなさい」アルブハーリーとムスリムの伝承。またほかの伝承では『ラマダーンに断食しなさい』とあります。また「人びとに自分にして欲しい事を相手にもしなさい。また自分にされるのが嫌なことは他人にもしないようにしなさい」

 

3 義務付けられたことを行い、禁じられたことを放置することは救われるための基本

アンヌウマーンは義務の礼拝をし続ければ、そしてラマダーンの断食を行えばどうなるのか、そしてアッラーが定めたところをきちんと守り、ハラールはハラール、ハラームはハラームとすることをまもればどうなるのか尋ねました。それぞれの義務制はクルアーンに書かれています。

アンニサー章103節『本当に礼拝には、信者に対し定められた時刻の掟がある。』

アルバカラ章185節『ラマダーンの月こそは、人類の導きとして、また導きと(正邪の)識別の明証としてクルアーンが下された月である。それであなたがたの中、この月(家に)いる者は、この月中、斎戒しなければならない。』


質問者は次のように言います…「もしこれらの義務の行為を行い、それ以上のことを行わなくとも天国にいけるのですか」と。それに対し預言者は言います。「そうだ」と。

アッタウバ章112節『悔悟して(アッラーに)返る者、仕える者、称える者、斎戒する者、立礼する者、サジダする者、善を勧める者、悪を禁ずる者そしてアッラーが定められた限界を守る者。』

アンニサー章31節『だがあなたがたが、禁じられた大罪を避けるならば、われはあなたがたの罪過を消滅させ、栄誉ある門に入らせるであろう。』

アンナサーイーの伝承によると預言者は次のように言いました。「しもべたちのなかで一日五回の礼拝をし、ラマダーンに断食をし、ザカートを支払い、7つの大罪を避けた者は天国への扉が開き望むところからそこへ入る」


7つの大罪とは姦通罪、飲酒、魔法、貞節で知られている者に対し姦通罪の疑いをかけること、意図的な殺人、利子の取得、戦場において敵に背を向けて逃げることです。他のハディースで、7つの大罪としてこれらの罪以外のことが述べられていることもあります。

 

4 イスラームは容易なものである

預言者のこの解答はイスラームの容易さを体現しています。アッラーは彼の創造物に対し、実行不可能なことは課しませんでした。

アルバカラ章185節『アッラーはあなたがたに易きを求め、困難を求めない。』

アルバカラ章286節『アッラーは誰にも、その能力以上のものを負わせられない。』

アルハッジ章78節『この教えは、あなたがたに苦行を押しつけない。』


イスラームで定められている規則はすべて人間にとって実行可能なことです。

 

5 ムスリムの正直さと明快さ

アンヌウマーンは明快な信者の鑑でした。というのもこの質問の中で自分を特に敬虔な者と見せようとはせず、自分が行う用意ができていることのみを質問したからです。
これと同様の態度はほかのサハーバたちにも見られました。彼らの心にはしっかりと信仰が根付き、そこには疑いや偽信仰は少しもありませんでした。また彼らはアッラーの命令を軽んじることはありませんでした。預言者はたびたび彼らに天国行きの吉報を伝えています。

 

6 ザカートとハッジの義務

ザカートとハッジはともにイスラームの重要な義務の一つです。

アッタウバ章103節『かれらの財産から施しを受け取らせるのは、あなたが、かれらをそれで清めて罪滅ぼしをさせ、またかれらのために祈るためである。』

アーリイムラーン章97節『この家への巡礼は、そこに赴ける人びとに課せられたアッラーへの義務である。』


このハディースの中でアンヌウマーンが礼拝と断食以外に触れていないのは、これら以外のことがまだ義務付けられていなかったためか、または彼の貧しさ故に、彼にとってはザカートとハッジが義務ではなかったという場合があげられます。あるいは「礼拝と断食」という二つのイスラームの義務でもって残りの義務も現している場合が考えられます。

 

7 礼拝と断食の重要性

預言者のハディースに次のようなものがあります。

「私たちの礼拝を行い、私たちのキブラを向き、私たちと同様にザバハされたものを食べる者はムスリムである。その者はアッラーの庇護下にあり、彼の使徒の庇護下にある。」アルブハーリーの伝承

「モスクによく来る者を見たら彼の信仰を証言しなさい。」アッティルミズィーの伝承。

「礼拝をしない者は宗教がないも同然である。宗教における礼拝とは、体における頭のようなものである。」

礼拝をしない者に関する規定
礼拝をしない者を脅すハディースはたくさん伝わっています。礼拝をしないことは不信仰、あるいは不信仰をもたらします。

預言者は次のように言いました。「信者と不信仰をわけるものは礼拝だ」

  1. 礼拝を義務だと認めない者、またイスラームにおける基本的な崇拝行為だと認めないものは、たとえ、シャハーダを行っていたり、他の宗教儀礼を行っていても、不信仰者・または背信・離反者としてみなされます。彼にはタウバが求められ、もしも彼の考えを改めない場合には離反者として死刑になります。その後は離反者としての扱いを受けるので遺体のグスルも行われませんし、礼拝も行われません。またムスリムの墓に入れられることもありません。そして遺産も相続されません。

  2. 怠惰から礼拝を行わないが、それが義務であるとは確信している者は刑罰を受けますが学派により違いがあります。
    ハナフィー:牢屋に入れられ、礼拝をするまで罰を受けます。あるいは一生牢屋に入れられます。
    他の3学派:タウバが求められ、改心して礼拝するようにならなければ死刑となります。ただし、マーリキーとシャーフィイー学派ではグスル・遺体を包むこと・礼拝は行われ、ムスリムの墓に入れられます。

断食はその義務性においては違いは無いものの、礼拝の次に重要な位置をしめています。

ラマダーンの断食を放棄する者
ラマダーンの断食を義務だと認めないものは離反者とみなされます。
義務だと認めながら、怠惰から行わない者は異端者としてみなされることがあります。

 

8 イスラームで信じなければならない6つのことを信じ、義務付けられたことを行い、禁じられたことを避ければ天国に入る

しかし信じていただけでそれに行為が伴わなかった者は罰を受けた後で天国に入ります。

ナワーフィルによってアッラーと完全な信仰へと近付くこと
個人的にナフルをしなかったり、あるいはマクルーフのことをしたりしても罰は受けませんが、集団でそれを放置したり、行なったりすることは罰を受けるに相応しいこととなります。

ただし上を目指すムスリムはナフルを放置することなく、マクルーフに近付くこともありません。
サハーバたち、タービイーンたちもそのようにしていました。

アルハシュル章7節『使徒があなたがたに与える者はこれを受け、あなたがたに禁じる物は、避けなさい。』
アッサジダ章16節『彼らの体が臥所を離れると、畏れと希望とを抱いて主に祈り、われが授けたものを施しにさし出す。』

 

9 ハラールとすること・ハラームとすることはアッラーによってのみなされる。

ムスリムはアッラーがハラールとしたことをハラールとし、ハラームとしたことをハラームとします。自分の考えでハラールのことをハラームとしたり、その逆のことを行なうことは禁じられています。

アルマーイダ章87節『あなたがた信仰するものよ、アッラーがあなたがたに許される、良いものを禁じてはならない。また法を越えてはならない。』

* 預言者と3人のグループのハディース

 

10 誓いをやぶることについて

誓いに従うことは命じられていることですが、アッラーの命令に反することを誓った場合はそれをやぶらなければなりません。

 

11 教育者は生徒に受け入れやすい方法で物事を教える





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2003年 アラブ イスラーム学院