ハディース学習
 

40のハディース(19)
『至高のアッラーによる援助と彼の命令に従うこと、彼を勝利させること、援助すること』

 

このハディースはアッティルミズィーによって伝承されています。
またアルイマームアハマドもこのハディースを伝承しています。


単語の意味

خلف النبيَ
ハルファンナビーイ
彼の動物の上で彼の後ろに乗って。
يا غلام
ヤーグラ−ム
グラームとは2歳から9歳くらいの少年のこと。この当時イブンアッバースは10歳くらいでした
كلمات
カリマート
あなたにとって役立つ忠告を含む文。
احفظ الله
イフファズィッラーハ
アッラーが定めた範囲を知り、そこで立ち止まりなさい、そしてかれから与えられた義務を守り、命令されたことをし、禁じられたことを避けなさい。
يحفظك
ヤハファズカ
あなたの盾となってあなた自身と家族、あなたの現世と来世を守る。
تجاهك
トゥジャーハカ
あなたの前に。つまり彼の庇護・援助などによりあなたがどこにいようと彼を見つけるでしょうという意味。
سألت
サアルタ
現世、あるいは宗教に関して何かを求めることを望んだ、という意味。
استعنت
イスタアンタ
現世あるいは来世の事に関して援助を求めた。
الأمَة
アルウンマタ
ここでは「すべてのひとたちが」という意味。
رفعت الأقلام
ルフィアティルアクラーム
筆による記録が終わった、つまり、すべてはアッラーの知識の中で運命が決まったということを表しています。
جفت الصحف
ジャッファティッスフフ
つまり、生物の運命が書かれた書物はすでに書き終わっていて、変更はきかないという意味。
الرخاء
アッラハー
楽な生活・安全・安楽・健康・強さなど。




ハディースの理解とそれが導くこと

1 預言者のウンマを導くことと、模範となる信者層の育成への関心

預言者は信者たちの、特に青年たちの心の中に正しい信仰を植え付けることに非常に熱心でした。これはアルクルアーンに書かれているように特に不思議なことではありません。

アッタウバ章128節『今、使徒があなたがたにあなたがたの間から、やって来た。かれは、あなたがたの悩みごとに心を痛め、あなたがたのため、とても心配している。信者に対し優しく、また情け深い。』

ある時預言者は彼のいとこであるアブドゥッラー(アッバースの息子)を彼の後ろに乗せて彼にアドバイスをしました。そのアドバイスとはムスリムをアッラーの命令に従わせ、アッラーから援助と勝利を得ることを教えるものでした。それによってそのムスリムは勇敢で、常に前進する者となり、いかなる状況をも恐れず、真理の前には何も恐怖を感じない者とする助言でした。というのも、預言者はそのアドバイスの中で、すべてのことは偉大な叡智あるアッラーの手によるものであって、人々の中、いかなる者もアッラーの許可なしには利益も害も与えられないと教えたからです。

 

2 英知を用いた話し方

イブン アッバースはイスラームの信仰上重要なことがつまっているこの預言者のハディースを伝えていますが、このハディースにはその内容の素晴らしさだけではなく、預言者の話し方の素晴らしさも伝えてくれています。
まず、預言者はこのアドバイスをいとこにする前に、「少年よ」と呼びかけています。この呼びかけによってイブン アッバースが彼がこれから言うことに耳を傾けることができたわけです。また、「お前にいくつか教訓を与えてやろう」という言葉によってイブン アッバースの関心をひきつけ、預言者がこれから彼に言うことに対する興味をひかせたわけです。日本語の対訳では「教訓」と書かれていますが、これはアラビア語では「カリマート」つまり、「文」となっています。この文はその中に宗教上非常に重要な規則を含んでおり、思考を働かせ、聞いたものの理性を照らし、信条を植え付け、確信を強化させるものが含まれています。

 

3 アッラーの言うことを守ればアッラーがあなたを守るだろう

「アッラーの命令を守り、禁じられた境界線では止まり、そこに近付かないようにしなさい、それを越えてはいけません。アッラーがあなたに義務付けたことを行い、それを怠らないようにしなさい。禁じられたものから遠ざかり、自分とその禁じられたものとの間の境界線としなさい。そして、アッラーがどのようにあなたに対しあなたの宗教をまもってくださるか、あなたの信仰心をまもってくださるか見てみなさい。また欲望や迷いからあなたを守ってくださるか見なさい。そしてどのようにしてあなたを悪い人格から守り、人間とジンのシャイターンから守り、すべての害からあなた自身とあなたとともに道を歩む家族・親戚たちを守ってくださるか見てみなさい。」ということを表しています。

アッラアド章11節『各人には、前からも後ろからも、次から次に(天使)が付いていて、アッラーのご命令により監視している。本当にアッラーは、人が自ら変えない限り、決して人びと(の運命)を変えられない。だがアッラーが(一度)人びとに災難を下そうと御望みになれば、それは決して避けることは出来ない。かれらには、かれの外に守護者はいないのである。』

アルカハフ章82節『かれらの父親は正しい人物であった。』


そして、もし、あなたがこの世においてアッラーの言うことを守ればアッラーはあなたを来世で守ってくださるでしょう、そして地獄の炎からあなたを守り、その幅が天と地ほどの敬虔なものたちに用意された天国を約束してくださるでしょう。

アーリ イムラーン章133節『あなたがたの主の御赦しを得るため、競いなさい。天と地程の広い楽園に(入るために)。それは主を畏れる者のために、準備されている。』

そして天使たちがあなたを歓迎の意を表しながら呼びかけます。

カーフ章32−35節『これは悔悟して常に(アッラーに)帰り(主の掟を)守る凡ての者のために約束されていたものであり、目に見えない慈悲深き御方を畏れ、心の底から悔悟して(主に)かえった者たちのため(のものである)。「安んじてそこに入れ。これは永遠の日である。」かれらのためにはそこに、欲しいものは何でもあり、また我が許からもっと追加があろう。』

またアッラーは次のように吉報を伝えています。

アッタウバ章112節『悔悟して(アッラーに)返る者、仕える者、讃える者、斎戒する者、立礼する者、サジダする者、善を勧める者、悪を禁ずる者、そしてアッラーが定められた限界を守る者。これらの信者たちに、この吉報を伝えなさい。』

 

4 アッラーからの勝利と援助

アッラーの命令に従う者と共にアッラーはいます。そして彼が困難に陥る度にアッラーは彼を助け勝利させます。また彼を護ります。また彼を成功させます。
「アッラーをまもれば(従順であれば)、アッラーを目の前に見ることができる」とハディースにあるようにアッラーがその者の手となり足となりかれを護ってくださいます。

アンナフル章128節『本当にアッラーは、主を畏れる者、善い行いをする者と共におられる。』

クターダは言いました。「アッラーを畏れる者はアッラーとともにいる。そしてアッラーがともにいる者は負けることの無い一群が彼と共にあり、眠らない番人が彼と共にあり、決して道に迷わない先導者が彼とともにあるのだ。」

しかしながらこのアッラーからの勝利と援助はアッラーの命令に従う行為と禁じられたことを避ける行為と深くかかわっています。
アッラーに従順な者はアッラーからの勝利と応援・支援を受けることができ、アッラーに背けばその者を失敗させるでしょう。

ムハンマド章7節『信仰する者よ、あなたがたがアッラーに助力すれば、かれはあなたがたを助けられ、その足場を堅固にされる。』

アーリイムラ−ン章160節『アッラーがもしあなたがたを助けられれば、何ものもあなたがたに打ち勝つ者はない。もしかれがあなたがたを御捨てになったらば、かれの外に誰があなたがたを助けることができようか。』

 

5 年をとる前の青年期に…

力と若さにあふれる青年期にアッラーに従っていた者はアッラーが彼を年老いた時・弱体化した時に護ってくださります。またかれの聴力・視力・知能を護ってくださいます。そしてアッラーの作る日陰以外に陰のない日(審判の日)にその陰の中にいれてくださいます。

アルブハーリーとムスリムの伝承
「アッラーによる陰以外に陰の無い日に日陰に入れられる7人の者とは、公正な指導者、至高のアッラーへの崇拝行為の中で育った青年……」


このことがおそらく預言者が若いイブン アッバースに助言をした理由でしょう。

アルハーキムによる伝承でも預言者は「5つのことを5つのことの前に手に入れなさい。年老いる前に青年期を……」と言っています。

 

6 アッラーに感謝する信者たちはアッラーから勝利を授かり援助を受けるものたちである。

アッラーの命令に従い、義務付けられたことを行い、禁じられたことを避ける者はアッラーに感謝する者です。彼はアッラーからの恩恵を認め、感謝し、アッラーが命じることは自分にとって善いものだと確信しています。
またご自身の望むところに与えるアッラーが、さらに恩恵を増加させてくださることを、また自分を間違いに陥ることから護ってくださるよう願います。

アンナフル章53節『あなたがたの与えられるどんな恩恵もアッラーからである。なおまた災難に遭う時は、あなたがたは只かれに御助けを懇願する。』

このようにアッラーの特徴を知ることが信者をアッラーへと近づけ、アッラーのために奔走する信者へのアッラーの愛をひきよせるのです。そしてその者のドゥアーを聞き入れ、善いものを与え、彼の人生をひっくり返すような災難からかれを護ってくださるのです。そして安全を脅かす全ての恐怖から彼を護ってくださるのです。

「アッラーを安楽な時に知れば、アッラーは困難な時にあなたに気付くでしょう。」

アッティルミズィーによると預言者は次のように言いました。「困難な時にアッラーに願いを聞き入れられたい者は、安楽の時のドゥアーをふやしなさい。」

ハディースクドゥスィ−で、アッラーは次のように仰っています。
『もしも私に求めればそれを与えてやろう。もしも私に救いを求めれば救いを与えてやろう。』

 

7 援助を求める時、ドゥアーをする時、求める時、アッラーのみに心を向けること。

預言者はイブン アッバースに、また全てのムスリムたちに何か援助・ドゥアーの聞き入れを願う時はアッラーにのみ求め、祈ることを助言しました。そして彼にのみルクーウ・サジダを捧げ、彼にのみ感謝し、許しを求めるよう教えました。

ムスリムとアルブハーリーの伝承によると、預言者は言いました。「至高のアッラーはこう仰られる。『私がそのドゥアーをかなえるために私を呼ぶ者はいるか?私が願うものを与えるために私に求める者はいるか?私が許すために私に許しを求める者はいるか?』と。」

 

8 ドゥアーは近くにいる、願いに答える者に行われる。

ドゥアーによってアッラーへと心を向かわせます。というのも、アッラーのみが次のように言ったからです。

ガーフィル章60節『それであなたがたの主は、仰せられる。「われに祈れ。われはあなたがたに答えるであろう。だがわれに仕えるのに高慢な者たちは、必ず面目潰れの中に地獄に陥るであろう。」』

また彼は信者たちを褒めます。というのも、彼らがアッラーにドゥアーをし、求めるからです。

アルアンビヤ−ウ章90節『かれらは互いに競って善行に勤しみ、また希望と畏れをもって、われに祈っていた。われに対し(常に)謙虚であった。』

なぜならアッラーはご自身の御名を「近いもの、彼等のドゥアーを聞くもの、求めに応じる者」としたからです。

アルバカラ章186節『われのしもべたちが、われに就いてあなたに問う時、(言え)われは本当に(しもべたちの)近くにいる。かれがわれに祈る時はその嘆願の祈りに答える。それでわれ(の呼びかけ)に答えさせ、われを信仰させなさい、恐らくかれらは正しく導かれるであろう。』

 

9 アッラー以外に求めないこと。

完全なるアッラーへの信仰の中に人々への質問を放棄することがあります。ムスリムはすべてのことをアッラーに尋ねます(求めます)。またアッラーは信者が彼に尋ねることをお好みになります。

アンニサーウ章32節『…アッラーのお恵みを願え…』

アッティルミズィーによると預言者は言いました。「アッラーにその恩恵を求めなさい。アッラーは本当に求められるのを好まれる。」


アッラーは求められることに飽きることなく嫌がることもありません。その恩恵は満ち溢れています。決してアッラーからの恩恵がなくなることはありません。

アンナフル章96節『あなたがたの持つものは凡て消滅する。だがアッラーの御許のものは残る。』

それどころかアッラーはもししもべが求めない時にはお怒りになります。

アッティルミズィーの伝承によると預言者は言いました。「アッラーに求めない者はお怒りを受ける。ですからあなたがたのうち誰でも必要なことはアッラーにお願いしなさい。たとえそれが切れたサンダルの紐(鼻緒)であっても。」

ある者は次のように言いました。
 「アーダムの子孫(人)には必要なものを求めないようにしなさい。
 付与のとびらが閉じられることのない御方に求めなさい。

 アッラーは彼に対して求めることをやめるとお怒りになられる
 しかしアーダムの子孫は求められると怒る」

 

10 アッラー以外の者に求めることは自分を卑下することである。

人に求めるとその者は与えるか、与えないかどちらかの行動をとります。
もしも要求した者を与えたならばその者はそれに対して尊大になり、与えなかった場合は相手を卑下します。どちらにしろ、ムスリムの心の中に怒りや心配が入り込み、また自尊心を傷つけます。時として預言者はイスラームに改宗した者に人にものを求めないことを約束させました。サハ−バたちの一部がそうです。そのサハ−バたちとはアブ−バクル、アブ−ザッル、サウバーン、アウフ ブン マーリク(アッラーよ彼らを嘉したまえ)でした。ムスリムとアブ−ダーウードによるとこれらの者はらくだの鞭や手綱が落ちても誰にもそれを拾うことを求めませんでした。

 

11 覆されることの無い強者に助けを求めること

援助はそれをすることが可能な強者によるものであって、しもべは求めることが大きかろうが小さかろうがその援助を必要としています。それが可能なのはアッラーのみです。彼以外の者は人に益をもたらすことも害を与えることもできません。ですからアッラーに助けを求めた者は助けられるものでそうでないものは失敗者となります。

アーリイムラ−ン章160節『アッラーがもしあなたがたを助けられれば、何ものもあなたがたに打ち勝つ者はない…』

しもべたちの心はアッラーの手の内にあります。ですから彼が望むとおりに動くわけですから、たとえあなたをしもべが助けたとしてもそのしもべの心を動かしたのはアッラーというわけです。私たちはその心を動かす者に助けを求めるべきです。

アッタラ−ク章3節『アッラーを信頼する者には、かれは万全であられる。』

そしてすべてのことに関して唯一の御方に向かいます。

アルファーティハ章5節『わたしたちはあなたにのみ崇め仕え、あなたにのみ御助けを請い願う。』

 

12 アッラー以外に助けを求めるのは諦めと弱さである

助けを求めることは求める者の弱さとそのものの必要を露わにします。この服従と要求はアッラーただお1人にのみ向けられるべきです。というのもこれこそがイバーダの本質だからです。また助けを求めるということは求める相手が自分の要求を実現させてくれる力をもっていると認めていることを示します。利益をもたらし、害を退けることはアッラーにのみ可能なことですから、当然助けを求めることはアッラーにのみ向けられる行為となります。

ユーヌス章107節『もしアッラーがあなたに災厄を下されれば、かれの外にそれを除くものはない。またもしかれがあなたに幸福を望まれれば、かれの恩恵を拒否するものは何もないのである…』

ファーティル章2節『アッラーが人間に与えられるどんな慈悲も、阻まれることはない。またかれが阻む何事も、それを解き放すものはない。本当にかれは偉力ならびなく英明であられる。』

 

13 カダーとカダルを信じることが心に静けさと安堵を与える

アッラーからの保護と援助を信頼し、全てのことにおいて唯一の御方のみに頼るようになると、信仰を持ったしもべは人間あるいは自分以外のアッラーの創造物が行うことを重要視しなくなります。
それどころか良い事も悪い事もアッラーの見積もりによるもので、利益も害も彼の望むことによるということを知ります。そして人間たちはそこにまったくそこに関与することが出来ないといういことを知ります。

アンニサーウ章78節『言ってやるがいい。「一切はアッラーの御許からである。」…』

しもべたちは報奨をえるための、また罰を受けるための原因にほかならないのです。

「いいか、もしも人々が集まってお前を何かの手段で助けようとしても、結局彼等はアッラーがお前のために予め定められた手段で助けるにすぎない。人々が寄り集まってお前に何か害を加えるにしても、アッラーが予め定められたことで危害を与えるだけだ。」

アルアンアーム章17節『もしアッラーがあなたを災厄で害されれば、かれのほかにこれを除くものはない。もしかれが、あなたに幸福を届けられれば、本当にかれは凡てのことに全能であられる。』


ですから、誰もアッラーがお定めにならなかった害を与えることはできません。それどころかアッラーはその害をあなたから退けてくださいます。逆に、誰かがあなたを利益で釣ろうとしてもその者はアッラーがあなたにもともと用意しておいたこと以外は実現することはないのです。

アルハディード章22節『地上において起こる災厄も、またあなたがたの身の上に下るものも、一つとしてわれがそれを授ける前に、書冊の中に記されていないものはない。それはアッラーにおいては、容易な業である。』

 

14 カダーとカダルの信仰は勇敢さと前進をもたらす。

信者は起こるよい事と害がすべてアッラーからだということを確信すると他人からどう思われるか、あるいは死を恐れたり、生き残ることを必要以上に望んだりしなくなります。

アッタウバ章51節『言ってやるがいい。「アッラーが、わたしたちに定められる(運命の)外には、何もわたしたちにふりかからない。かれは、わたしたちの守護者であられる。信者たちはアッラーを信頼しなければならない。」』

カダルを決められたものはそれに向かって奔走しなければならない。

アーリイムラーン章『言ってやるがいい。「仮令あなたがたが家の中にいたとしても、死が宣告された者は、必ずその死ぬ場所に出て行くのである。」』

つまりジハードを嫌い家のなかに隠れていたとしてもそれが運命付けられていたことならばそのものはどこにいようと死んでしまう。

* スライマーンとシャイターンの話

 

15 信仰であり、降伏ではなく、信頼であって、相手に寄りかかることではない。

前述したカダーとカダルの信仰は信仰の弱いものたちの言葉を否定します。そのものたちはじぶんたちが間違いを起し、それをし続け、そうしている理由を「アッラーが決めたことだから…」と言い訳します。
ですがアッラーは行動を命じました。

アッタウバ章105節『善い行いを行え。』

預言者ムハンマドは私たちの模範であり、わたしたちはアッラーに彼に従うよう命じられました。そのムハンマドが常に、行動・奔走という、結果の原因になることを模索していたのです。ですから「これはアッラーから定められた運命だ」といって行動を起さない者、怠け者はイスラームの掟に反したことになりアッラーと預言者に背いたことになります。原因を模索しながらただ唯一のアッラーにおまかせすることは信仰心とアッラーへの信頼の結果によるものです。

ムスリムの伝承によると預言者は言いました。「行動しなさい。すべてたやすく実現したことはそのように創造されていたのです。」

 

16 勝利は忍耐とともにある

私たち人間は人生の中で、目に見える、あるいは目に見えない様々な試練や敵からの攻撃に遭いますが、その試練や敵からの攻撃に打ち勝つ要因は忍耐にあります。勝利は忍耐と深い係わり合いがあり、また忍耐の上に成り立っていると言っても過言ではありません。ですから至高のアッラーはよい者と悪い者との差を区別させるため、また確信をもった正直なものと疑い深い偽信者を見極めるため、人生における試練をしもべたちに与えたのです。(*補足説明要)

ムハンマド章31節『われはあなたがたの中、努力し、耐え忍ぶ者たちを区別するためにあなたがたを試みる。またあなたがたの言行をも確かめる。』

アーリイムラーン章186節『あなたがたは、財産や生活などに就いて必ず試みにあう。そしてあなたがた以前に啓典を下された者からも、多神教徒からも、多くの悪口を聞かされるであろう。だがあなたがたが耐え忍んで主を畏れるならば、本当にそれは、物事を決断し成し遂げることになる。』


つまりそれにより信者としての高貴さが増すということ。

またアッラーは正直な敬虔な善良な者を形容して仰りました。

アルバカラ章177節『また困苦と逆境と非常時に際しては、よく耐え忍ぶ者。これらこそ真実な者であり、またこれらこそ主を畏れる者である。』

わたしたちがアルクルアーンと預言者のハディースの中にでてくる「サブル(忍耐)」という言葉を数えたら、その言葉がどれだけ多くの箇所で言及されているか知ることでしょう。そして全ての箇所での目的はただ一つであり、それは勝利ということです。

さて忍耐にはどのような種類があるのでしょうか……?

  1. 服従行為と反抗放棄に関する忍耐
    アッラーから命じられた行為を行うこと、また禁じられた行為を避けることは人間にとって努力を要することです。というのも人間の本当の敵は己の欲望だからです。

    ユースフ章53節『(人間の)魂は悪に傾きやすいのです。』

    サード章26節『…私欲に従って、アッラーの道を踏みはずしてはならない。』

    ファーティル章6節『本当にシャイターンはあなたがたの敵である。』


    これらの目に見えない敵は人間に対してその目の前に欲望が欲するところを飾り立て、人間をアッラーへの服従の道から背けさせるようにそそのかします。ですから人間はそれに対抗しなければなりません。そして自分の心がアッラーへの服従へと傾くようにしなければなりません。これには忍耐と努力が必要となります。

    ユーヌス章109節『あなたに啓示されたものに従い、アッラーが裁かれるまで耐え忍べ…』

    マルヤム章65節『(かれは)天と地、またその間にある凡てのものの主であられる。だからかれに仕え、かれへの奉仕のために耐え忍びなさい。』
    アッティルミズィーとイブン ハッバーンの伝承によると、預言者は言いました。「ジハードを行う者とはアッラーの道のために自分自身の欲望と戦うものである。」


    当然のことですが、自分の欲望をアッラーの御満悦を得るために我慢することができたものはアッラーへ服従し、彼に背くことを免れます。そして目に見えない敵に打ち勝つことが出来ます。そのような者はその者の胸を真理が照らし、心は光り輝きアッラーへの道を歩むことができます。

    アルアンカブート章69節『だがわれ(の道)のために奮闘努力(ジハード)する者は、必ずわが道に導くであろう。』

    ムスリムの伝承によるとアッラーの使徒は言いました。「忍耐とは光である。」

  2. 災難に対する忍耐
    人間はこの世で自分自身または財産、家族や子どもたち、安全や安堵の上に災難が降りかかる危険に晒されています。これらのことは疑いなく人間にとって厳しい出来事であり、諦めたりしてしまいます。

    アルイスラーウ章83節『災厄が襲えば、絶望してしまう。』

    そして彼を恐怖が支配します。

    アルマア−リジュ章19−20節『人間は本当に忙しなく創られている。災厄に会えば嘆き悲しみ』

    このような状態に屈しては人は負けてしまい、人生の道を切り開いていくことはできません。ですからアッラーは信者たちに、人生の中で必ず起こるこれらの災難の前でも屈せず、忍耐という武器を持って、勝利と喜びの道を切り開くための強い意志をもつように奨励しています。

    アルバカラ章155−157節『われは、恐れや飢え、と共に財産や生命、(あなたがたの労苦の)果実の損失で、必ずあなたがたを試みる。だが耐え忍ぶ者には吉報を伝えなさい。災難に遭うと、「本当にわたしたちは、アッラーのもの。かれの御許にわたしたちは帰ります。」と言う者、このような者の上にこそ主からの祝福と御恵みは下り、またかれらは、正しく導かれる。』

    当然のことながらこれらの者は成功の道へと導かれていきます。また特にこれらの者は災難が降りかかった最初の瞬間から耐えることができます。

    アルブハーリーとムスリムの伝承の中で預言者は次のように言いました。
    「忍耐とは最初の打撃の時にこそある。」


    このようにしてこれらの忍耐強い者たちは勇敢に前向きに人生に向かっていくことができるのです。そして自分に降りかかったはずの災難を、現世と来世での善いもの・恵みへと変えることができるのです。

    ムスリムの伝承によると預言者は言いました。「信者に関して驚くべきことは、全てのことが彼にとってよいものであるということです。そしてそれは信者以外にはないことです。もし彼に喜ばしいことが降りかかれば彼は感謝し、それは彼にとって善い事となります。また害が降りかかれば忍耐しそれは彼にとって善い事となります。」

    またこれらのことに関して預言者はもっとも素晴らしい例をもって私たちに模範をしめしてくださいました。預言者の娘が彼に「自分の息子に死の兆候が現われたので私たちのもとにいらしてください。」という使いをよこした時、預言者は次のような言葉を送りました。「アッラーは取り、また与えるおかただ。彼のもとにあるものは全てその寿命が決められている。だからよく耐え、その忍耐によってアッラーからの報奨が与えられるようニーヤしなさい。」アルブハーリーの伝承。


  3. 他人からの害に対する忍耐
    人間はまわりに様々な人格の人々、好みの人々がいる状態で生活していますから、そこにはそれらの人から来る様々な害があるはずです。もしそれに対して必要以上に嫌悪感を抱き、相手にもやり返したりすれば、その者は負けたことになります。しかし忍耐し赦した場合には勝利し利益を得るのです。そして幸せに生きることができます。

    アルバカラ章109節『だからアッラーの命令が下るまで、かれらを許し、見逃しておきなさい。』

    フッスィラト章34節『(人が悪をしかけても)一層善行で悪を追い払え。そうすれば、互いの間に敵意ある者でも、親しい友のようになる。』


    これは素晴らしい人格であるといえます。

    アッシューラー章43節『だが耐え忍んで赦してやること、それこそ(アッラーの決められた)確固たる人の道というもの。』

    そしてアッラーを信仰する者は彼に助けを求めます。

    アルフルカーン章20節『(主は仰せられた)「われはあなたがたをお互いの試練となるように取り計らった。」それであなたがたは耐え忍ぶであろうか。あなたの主は、(凡てのことを)照覧なされる。』

    アッラーに求めることに対しては報奨が与えられます。

    アッラアド章22節『また主の御顔を求めて耐え忍び…』

  4. ダアワと善行を命じ悪を禁じることにおける忍耐
    これはアッラーが預言者たちと賢者たち選ばれたものたちに命じたことです。

    ターハー章132節『またあなたの家族に礼拝を命じ、そして(あなたも)、それを耐えなさい。』

    ルクマーン章17節『息子よ、礼拝の務めを守り、善を(人に)勧め悪を禁じ、あなたに降りかかることを耐え忍べ。』


    また預言者にこう言いました。

    アルムッザンミル章10節『かれらの言うことを耐え忍び、かれらを離れよ、立派に身をかわせ。』

    イスラーム布教を行う者は忍耐強い人格を身につけなければなりません。というのもそれがイスラームの敵に対する勝利をもたらす鍵となるからです。

    アッルーム章60節『だから耐え忍べ。本当にアッラーの約束は真実である。しっかりした信心のない者たちのせいで、あなたまでが動揺してはならない。』

    もしも布教者たちが事を急いだのならばそれは失敗に終わり道は狭まるでしょう。

    アルアハカーフ章35節『あなたは耐え忍べ。(且つて)使徒たちが、不屈の決意をしたように耐え忍べ。かれら(不信心の者)のために急いではならない…』

    アルマーリジュ章5−7節『だからあなたは、立派に耐え忍べ。本当にかれらは、それ(日)を遠いと思う。しかしわれは、それを近いと見る。』


  5. 戦闘地・戦闘中における忍耐
    ジハードとは自分を死の危険にさらし、危険を生むものであり、人間の心はそれを嫌います。

    アルバカラ章216節『戦いがあなたがたに規定される。だがあなたがたはそれを嫌う…』

    信者は敵と見舞えるときは武器を持ち敵よりも強い忍耐をもって戦いに望みます。

    アーリイムラーン章200節『あなたがた信仰する者よ、耐え忍びなさい。忍耐に極めて強く、互いに堅固でありなさい。そうすればあなたがたは成功するであろう。』

    アッラーはジハードと忍耐を結び付けました。

    アンナフル章110節『しかし、試練を受けた後に移住した者、それから奮闘努力し、またよく耐え忍んだ者に対し、あなたの主は、その後は本当に寛容にして慈悲深くあられる。』

    そしてアッラーは忍耐を勝利の条件としました。

    アルアンファール章65−66節『あなたがたの中20人の信仰の堅い者がいれば、よく2百人を征服するであろう……それであなたがたに、もし百人の信仰の堅い者がいれば2百人を征服するであろう。』

    そしてアッラーはアッラーによる勝利と彼の天使たちによる援助も忍耐によるものとしました。

    アーリイムラーン章125節『いやそれどころか、あなたがたが耐え忍んで、主を畏れるならばもし敵軍が急襲して来ても、主は、5千の天使であなたがたを援助されるであろう。』

    また信者たちの忍耐は敵の力を弱体化させる条件だともしました。

    アーリイムラーン章120節『だがあなたが忍耐して、主だけを畏れているならば、かれらの陰謀は少しもあなたがたを害しないであろう。誠にアッラーはかれらの行うこと全てを知っておられる。』

    逆に信者たちが忍耐をしなければ、またほかの要因があれば敵に負けてしまうこともあります。

    アルアンファール章45−46節『あなたがた信仰する者よ、(敵の)軍勢と遭遇する時は堅固に持して、専らアッラーを唱念せよ。恐らくあなたがたは勝利を得るであろう。あなたがたはアッラーと使徒に従いなさい。そして論争して意気をくじかれ、力を失ってはならない。耐えなさい。アッラーは耐え忍ぶ者と共におられる。』

    アッラーは『アッラーは忍耐する者を好まれる。』『アッラーは忍耐する者とともにあられる。』とアルクアーンの中で忍耐について多く言及しています。またアッラーの使徒たちの追従者たちは戦場で殺されたり、傷をおったりしてもよく耐え、弱体化することは無い者たちだと明らかにしました。

    アーリイムラーン章146節『どれ程の預言者が、信心深い多くの敬神な衆と共に戦ったか。かれらはアッラーの道において、遭遇したことに気力を落とさないで、また弱気にもならず屈しなかった。誠にアッラーは耐え忍ぶものを愛でられる。』

 

17 忍耐から得られるもの

忍耐から得られるものには、満足・安堵・幸福感・よいことの実現・アッラーからの応援・援助・勝利・愛があります。また来世では天国に入ることが出来ます。

アッズマル章10節『よく耐え忍ぶ者は本当に限りない報酬を受ける。』

アッラアド章23−24節『かれらは、その祖先と配偶者と子孫の中の善行に励む者と一緒に、アドン(エデン)の園に入るであろう。そして天使たちも各々の門からかれらの許に入(ってこう挨拶す)るであろう。「あなたがよく耐え忍んだ故に、あなたがたの上に平安あれ。まあ何と善美な終末の住まいであることよ。」』

アルムウミヌーン章111節『本当にかれらが耐え忍んだことにより、今日われは報いた。かれらこそ成功した者である。』

アルバカラ章155−156節『だが耐え忍ぶ者には、吉報を伝えなさい。災難に遭うと、「本当にわたしたちは、アッラーのもの。かれの御許にわたしたちは帰ります。」と言う者。』

ムスリムとアルブハーリーの伝承によると預言者はつぎのように言いました。「忍耐強さを与えられた者以上に善いものを与えられた者はいない。」

 

18 喜びは苦悩と共にある

人が生きていく中で困難や災難に遭うことは当然のことで、それによって心配したり悲しくなったり全てが嫌になったりすることもあります。しかしそれに耐え、耐えることによってアッラーからの報奨を期待したのならば必ずアッラーは暗闇の中に光を差し込んでくださいます。敬虔なアッラーのしもべはそれらの苦悩や災難・困難が自分の心をただアッラーのみに向けるために仕向けられたことだと理解することができます。

アルバカラ章214節『それともあなたがたは、先に過ぎ去った者たちが出会ったような(試みが)まだ訪れない先に(至上の幸福の)園に入ろうと考えるのか。かれらは災難や困窮に見舞われ、(不安の中に)動揺させられて、使徒も一緒の信者たちも、「アッラーの御助けは、何時(来る)だろう。」と叫んだ程であった。ああ、本当にアッラーの御助けは近付いている。』

* カアブ ブン マーリクと仲間たちに関するハディース

 

19 困難と安易

アッラーは困難と安易を結び付けました。

アッシャルフ章5−6節『本当に困難と共に安楽はあり…』

困難に遭遇した時、アッラーから命じられたことを行い禁じられたことを避け、アッラーただ唯一に縋った時、アッラーはその困難を安易に変えてくださいます。

アッタラーク章3節『アッラーを信頼する者には、かれは万全であられる。』

アッタラーク章7節『アッラーは、困難の後に容易を授けられる。』

 

20 動物に関して

このハディースから動物の背に二人以上の人が乗ってもいいことがわかります。
ただし、それは動物にその能力がある場合のみです。動物に対して能力以上のことを課すことは禁じられています。

 

21 その他

−人にものを教える時にはそのものの注意をひくことが好ましい。またその者に役立つことを教えるということを一言いうとよい。

−アッラーに服従している者に対して不正者の策略やアッラーの敵の陰謀は通用しない。
−アッラーが決めた事以外は起こり得ないのだから善を命じ悪を禁じることに対して人からの脅しなどに惑わされないようにする。





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2003年 アラブ イスラーム学院