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アラブ文化講座


執筆:片山 廣(かたやま ひろし)(アラブ イスラーム学院顧問)

 日本の約6倍の国土を持つサウディアラビアはその国土の95%以上が砂漠です。イスラームの2大聖地、マッカ、とマディーナを擁し、毎年巡礼時には、250万人以上の巡礼者が聖地を訪れます。聖地を護る守護者として毎年2000億円以上のお金を巡礼者のために使っています。従って、サウディアラビアはイスラーム世界の中心的役割を持つ、重要な国です。サウード家のアラビア、がサウディアラビアの意味です。15世紀以来、首都のリヤードはサウード家の都として栄えました。

(1)アラブ帝国

 なぜ、アラブ帝国が短い期間に創られたのでしょうか。

 それは7世紀のことです。今のサウディアラビアのマッカ(紅海の港町ジェッダからやく70km)で勃興したムスリム(イスラームを信じる人)の力が、イスラームの教えにしたがってペルシャ、インドからフランス南部、スペインまでの広範囲に及ぶ帝国を築きました。これがアラブ帝国です。


 預言者ムハンマドが40才のときアッラーの言葉を啓示としてうけます。やがて神の言葉を伝える預言者として自覚し、ラ イラ−ハ イッラッラー(アッラーのほかに神はない)ムハンマド ラスールッラ−(ムハンマドはアッラーの使途)と人類を平和に導く為に立ち上がります。

 預言者ムハンマドはアッラーが使わした預言者の中で最後の預言者です。アッラーは大勢の預言者をこの世におくりました。アブラハム(イブラーヒーム)もモーゼ(ムーサー)もイエス(イーサー)もそれらは総て預言者の一人です。にもかかわらず、人々は預言者の本当の教えを守らなかった為に、ムハンマドが最後の預言者としてアッラーの言葉を伝えることになりました。

 総ての人は神の前に平等だとアッラーは言います。イスラームは平和の意味です。周りの国々から、私たちをローマやペルシャの圧制から解放してくださいと救いを求める声が後を絶ちません。どんどんと今までユダヤ教徒であった人や、キリスト教徒がムスリムになります。紆余曲折はありますが、約1300年に及び、20世紀にかけて勢力を持ちます。最後はオスマントルコが約400年アラブを引き継ぎ統治します。トルコの統治は1922年第1次世界大戦の終りを以って終焉します。第一次大戦後はこれらの多くの地はヨーロッパ列強の分割統治や植民地となります。現在預言者ムハンマドの末裔はヨルダンのハーシム家とモロッコの王家に引き継がれています。

(2) ヨーロッパによる侵略

 中世のヨーロッパはアラブを先生としていました。当事のヨーロッパは暗黒時代と言われ遅れていました。教会が社会や学問の世界までも支配し、人々は正しいことも言えず、また魔女狩りなどで,多くの人が殺されました。一方アラブはイスラームの教えで個人の自由を重んじ、いかなる為政者も、他を弾圧することは認めていません。11世紀から13世紀にかけてヨーロッパの十字軍がアラブに攻め入ります。前後8回。ただ富と財産を求め,他人の地に武力で押し入っただけでした。(なお、数年前にバチカンの法王が800年前の十字軍のことでアラブに謝罪しました。)

(3)ヨーロッパの文芸復興

 11-15世紀に興った文芸復興、16世紀新天地侵略、17世紀、アジアへの本格進出、18世紀産業革命及び植民地の拡大の結果、アラブ諸国は、他のアジア諸国と同様に、ヨーロッパの餌食になります。ヨーロッパは暗黒時代を抜け出す為に、アラブの自由の思想を取り入れました。そしてルネッサンスに成功し、人間らしさを取り戻しましたが、その瞬間から、アラブの文明を無視し始めます。西洋文明は、古代エジプト、ギリシャ、ローマ、ビザンチン、ルネッサンス、新大陸の発見、産業革命、と続き,そこにはアラブの歴史は世界史には入りません。私たち日本人は西欧から多くを学び近代化しました。したがってアラブ/イスラームのことはごく最近まで無知に等しいほどでした。

(4)アラブの勃興

 現在のアラブ諸国は7世紀にサウディアラビアに端を発したイスラーム文明の拡大によってアラブ化された結果生まれました。その中心はサウディアラビアです。今日まで1400年間、マッカ(=メッカ)やマディーナ(=メディナ)の聖地を中心に繁栄しています。イスラームの教えは、特定の民族の繁栄ではなく、全人類宇宙を含む総てを対象にしています。総ての被創造物はアッラーの恩寵による訳です。地球における神の代理人である人類はそれを自覚して神に感謝し善行を励むことが大切だといいます。

(5)新しいサウディアラビア

 現在のサウディアラビアは1938年以降石油が発見されてから新たに創られた超近代国家の外観を持ちながら、人々は1,400年前と変わらない伝統を守りながら生きている国です。最近はインターネットも盛んで、学校や家庭でパソコンで学習に活用しています。

(6)シルクロード

 日本は鎌倉時代の末期14世紀の初めに2回、元(蒙古)の侵略を受けます。幸い”神風”で助かります。その蒙古が日本征服をあきらめて西に向かって怒涛のごとく進軍し、モスクワを始め、ほとんどヨーロッパ全土を支配します。蒙古に従わない人は殺され、町は徹底的に破壊されます。結局チンギス・ハーンの末裔に、カイロを除きほとんどの都市を破壊されてしまいます。しかしそのあと蒙古の末裔がインドにアラブ式のムガール王朝を開きました。有名なタージマハールは王妃の墓です。

(7)東西貿易・アラブ商人の活躍

 蒙古は、破壊者ではありましたが、東西貿易を確立した偉大なる統治者でもありました。中国からローマまで隊商や旅行者が安全に旅が出来るようになったのです。マルコポーロがイタリヤから西安に往復できたわけです。絹の道”シルクロード”が海にも、陸にも出来ました。通商が活発になりました。

(8)アラブ文化の融合と拡大

 アラブは、隣のビザンチン(東ローマ帝国、今のギリシャを中心とした帝国、1400年続く)とペルシャ(今のイラン)、更にインド、中国の一部を征服しましたが、それらを融合し、新しい文化を興しました。中国の紙をヨーロッパに伝え、インドで発見されたインド数字(=その後アラビア数字と命名)をヨーロッパに伝えました。羅針盤、ロケットなどもアラブからヨーロッパにつたわりました。広範囲に通商は活発化しました。

 ペルシャとアラブの融合がイランに王朝を開きました。アラブの奴隷軍隊であったトルコ人がエジプトにマムルーク王朝を築きやがてオスマントルコになりました。16世紀、ビザンチン帝国の首都ビザンチンノーブルを陥落し、イスタンブールの名前に変えます。1400年続いたビザンチン帝国(東ローマ帝国)も滅びます。その結果ギリシャ正教は、ロシアに移ります。

(9)オスマントルコの滅亡とヨーロッパの侵略

第1次大戦当事、世界の大国は英国とロシアでした。共に覇権を争っていました。ビザンチン帝国を滅ぼしたオスマントルコは400年間、アラブ諸国を支配しています。アラビアのローレンス(英国軍人)がアラブ人ゲリラを組織し、”アラブの独立”を餌にトルコに対し叛乱を起させます。アラブは一所懸命に戦います。そしてアラブがトルコに勝ちますが、独立はおろか、後はフランスと英国が支配者になりました。英国はアラブには独立を約束し、他方ではアラブの分割統治を図り,更にパレスチナにはユダヤ人の入植を認め,やがイスラエル国家の独立を支援し、今日のパレスチナ問題の原因を残します。

(10)今でも見られるアラブの遺産

 今日、スペイン、トルコ、イラン、インド、などの観光地を訪れると、遠い昔、アラブの軍人が少数で遠征し、土着し、新たな文明をつくりあげた様子を伝えてくれます。民族の繁栄、没落、又復興のかたちが、生きた歴史として私達に語り掛けてくれます。スペインの”アルハンブラ”の宮殿には”神の他に征服者はいない(ラ ガーリブ イッラッラ−)”と宮殿の壁にあちこち彫られています。盛者必衰の例えです。

(11)アッラーの前には総ての人類は平等

 
アラブ人は神の前には総ての人は平等の考えです。従って、人種的偏見がなく、外国人には、住みやすい土地柄です。そして異なる宗教の人達も等しくアッラーのご加護の下に生かされているといいます。その為、侵略され易く、ヨーロッパ列強の植民地になりました。多くの国は第2次世界大戦後独立しました。イスラームは自由を最も大切にします。自分も自由を大切にしますが,相手の自由も尊重します。宗教には強制はあってはならない、と戒めています。

(12)1960年以降のアラブ目覚め

 
エジプトのナーセル大統領が1960年頃”兄弟よ頭を上げよ”と同胞に呼びかけ、自らアラブの誇りを示し、ヨーロッパの宗主国に対し、はっきりものを言うようになりました。当時ヨーロッパ人ははいずれ、遅かれ早かれイスラームはこの世から消えるだろう。イスラームはもっとも遅れた、そして近代化を阻害する麻薬だと嫌いました。共産主義者はイスラーム弾圧を組織的に試みました。

(13)ヨーロッパの偏見

 「アラビア人の世界は、1300年もの間ヨーロッパの門のまん前にあったにもかかわらず、我々の間では概してそれについて知られている事は、多くの没落した民族や文化についてより僅かでしかない。」ジクリト フンケ著アラビア文化の遺産より。

(14)地政学的に重要な地帯

 レバノンシリア、ヨルダン、イラク、エジプト、サウディアラビア、イエメン、クウェート、バハレーン、カタルアラブ首長国連邦などの国はアフリカ、アジア、ヨーロッパ大陸の十字路に位置しています。スエズ運河、石油資源、豊穣な三日月地帯、聖地エルサレム(ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教の聖地、つまり世界の人口の40%以上が関心を持っている地域)などこの地を巡る動きは、当事者間の利害に留まらず、世界中の政治、経済、文化、宗教に常に影響を与えています。

(15)復興に燃えるアラブ

 アラブ全体がそれぞれの体制の下に固有の文化を守りながら復興を目指しています。先進国の人口構成と異なり20歳までは総人口の60%以上であることなどが特徴的です。

 サウディアラビアの教育制度は63・3・4制です。教育費、医療費は無償で、税金はありません。それどころか、大学生は月に3万円ほどの手当てをもらっています。住宅ローン制度があります。企業家への融資制度があります。

 
民間産業も活発で石油資源を活用した工業化は急速に進んでいます。質の高い若者が育っています。

 
 

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