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アラビア書道と日本書道

 
執筆:アミーン水谷
(本文は1995年1月24日付けアルハヤート新聞に
アラビア語で掲載されたものの日本語訳です。)

アラブ書道と日本書道
 世界の様々な文化の中でも、書道が一つの職業として成立し得たのは、アラブ文化と極東の文化−日本と中国−のみであると言われている。アラブ書道はコーランを書くという重要な責務が負わされている以上、その社会的位置付けが高いのは自然である。他方日本の書道は宗教的な責務は負わなかったが、主としてその芸術的価値により重視されてきた。このように両書道共、社会的に極めて重視された結果、職業として成り立ったのであろう。以下において双方の書道の類似点や相違点をかいま見ることにより、両文化相互理解の一助となれば幸いである。

1.まず双方の書道は、発展の時期を同じくしているのには驚かされる。アラブ書道を基礎付けたのは、イブン・ムクラ(西暦940年没)であるが、彼は菅原道真、弘法大師、小野道風らと同世代の人である。「弘法筆を選ばず」という諺は、彼の書がいかにもてはやされたかの傍証でもある。イブン・ムクラの後、アリー・イブン・ヒラール(通称イブン・アル・バウワーブ、西暦1023年没)と、ヤークート・アル・ムスタアシミー(西暦1299年没)が、アラブ書道を完成したと伝えられている。彼等が活躍したアッバース朝時代は日本書道の古典的最盛期にも当っている。当時の日本とアラブの書道家が交流することは困難であったとしても、そのような歴史的な交流が実現していればと想像するだけでも心楽しいものがある。

2.一見してアラブ書道と日本書道が異なっているのは、使用する筆である。アラブ書道で用いられるのは笹竹(あるいは葦)の幹で、そのペン先の切り口の入れ方は非常に重視される。「切り込みの修練は書の修練より重要」とも言われ、また「切り口の良さは能書の半分」とも言われる。前出のイブン・ムクラは「書の基礎は切り込み方にあり」と言った。他方日本書道に用いられるのは毛筆であるから、切り口を入れる問題は生じないが、その代わり羊、兎、狼など毛の硬軟は書風に大きな影響があるため、書家が着目するのは毛の種類ということになろうか。毛筆で一番重要な毛は、真ん中の生命毛(いのちげ)といわれるものだが、これが短くなってしまうとその筆の生命も終わる。熱心な書家は生命毛が抜けると一日の間に何回も筆を取り替える程であるが、アラブ書道において一日の間に何回も新しい切り口を葦の幹に入れねばならないのと同じ感覚である。素材からしても、笹竹の筆はより明瞭で剛い線を描き、毛筆は柔らかく不鮮明な線も描く。互いに双方の特色を取り入れた書体を工夫することは何か意味があるように思われる。例えば日本書道ではぼかしに味があるとして楽しむが、アラブ書道においてもこの様な明瞭でない線を楽しむことも可能なのではないだろうか。

3.アラブ書道では伝統的には六書体あるとされてきた。人によりまとめ方が異なるが、高名なアル・ハージ・ハリーファ(西暦1657年没)の分類によると、スルス体、ナスフ体、タアリーク体、ライハーン体、ムハッカク体、リカーア体とされる。漢字には五書体−篆書、隷書、楷書、行書、草書−あり、仮名文字と合わせれば日本書道も六書体ということになろうか。双方の書道には実際にはもっと数多くの書体があるのを整理しまとめてみたら六つになったということは、アラブ人と日本人の心理に合い通ずるものがあるようにも思えてくる。更に比較すれば、多少篆書の書風はクーフィ体に似ており、隷書はスルス体、楷書はナスフ体、行書はライハーン体、草書はゴバール体に対照せられる。文字を書く時の様々の必要性−公式の文書か日常的な走り書きか等−により特定の書体が要求され誕生していったのであろうが、極東の民族もアラブも酷似した人間生活の必要性に基づき、気脈通じる書体を完成させたことは興味深い。

4.書道技術の細かなことに及ぶが、アラブ書道で縦線を起筆する際には、筆の横幅を十分生かした点から起こす方法(タルウィース)が用いられ、アリフ、ラームやカーフが書かれる。日本書道でも縦線の起筆は筆の横幅を生かし、上からいきなり筆を当る方法が用いられることがある。白紙にどのような黒い縦線を入れ始めるのが良いか、日本とアラブの美的感覚が近い一例となろう。

 書道に臨む姿勢という広い見地について見れば、修練の初期においては模倣すべき手本があっても、行きつくところ何等規則のない、手と腕の描く自由な世界である点、両書道とも全く同じである。アラブ書道における点描訓練法(点の数で各線の長さや角度を定める方法でイブン・ムクラが創始したとされる)は絶対の法則ではなく、修練の際の目安であるとされる。日本書道で字を四角や円形の中に置き、線の長短、太細などを分析するのも、目安にすぎない。最後はいずれの書道にしても書家の持つ天分に導かれ、自由な創造の世界の中で筆の動きが決定されていく。

 最近の日本の書道ブームの背景には、ワープロ等文字の機械化が進むのに対し、伝統的な美を失いたくないという日本人の感情が支えとしてある。筆者の聞き及ぶところ、イスラムの唱導もあり、エジプトでも期を一にして、アラブ書道が再び盛んになってきているという。両国の書道交流はイブン・ムクラや弘法大師の時代には不可能だったが、そろそろそのようなことが考えられても良いのではないかと思っている。


 

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