アラブを見つめて
 

【権力からの脱出】



 権力への抵抗は、たとえそれが小さなもので、単純で影響力のないものであっ ても、あるいは相当なものであっても、支配する側にとっては危機であることに 違いありません。また親の権力であれ、社会のさまざまな権力であれ、権力外に いる者や、独裁的な限界を打ち破りたいと思う者にとって、権力への抵抗は美し い夢であり続けます。そして、権力者はそのような人物が自分の支配下から脱出 しないよう包囲し続けようとします。彼は、そのような脱出が自分の威信を破壊 するものであり、自分の意思どおりに従われるべき法則から脱却するものである とみなすからです。

 人はいつでも他者の権力や支配から脱出することを求めます。それは子供時代 からの延長であり、大人になっても続くのです。たとえば、頑固な夫は妻からい つも発せられる問いかけを拒みます。「今夜、いつ帰るの?」「どのぐらい遅く なるの?」「夜は誰と過ごすの?」「あなたに電話をかけてきたのは誰なの?」。 それから、実家を訪問するスケジュールの取り決めとか、献立のスケジュールと か、家の中の決まり事とか、誰がどこに座り、客室は使わずに閉めておいて居間 を使うこととか……。

 また妻の中にも、夫が大声を出してもしょっちゅう文句を言っても、それでも 夫の支配に背く女性たちもいます。そのような夫は家族のために役立つという観 点からではなく、自分の支配や取り決めを実践するために、思い通りに彼女を変 えようとするからです。しかし、女性はいかに弱く見えても、そのような支配を 打ち破る力を持っているのです。

 執筆者もまた、新聞や社会や検閲の権力や慣習から脱却することを夢見ていま す。そして執筆の経験が増え、その真の意味への意識が増すごとに、それらの警 告を超越することを夢見るようになります。そのため、執筆者の中には、検閲や 厳しい権力から離れ、時々、私的な書き物をより美しい言葉で綴る人々もいま す。

 惰性的な生活の現実は、人を拒絶や抵抗へと向かわせ、決め事や義務や退屈を 超越したいと思わせます。仕事上の支配や人間の機械化は、人にそれらを打ち破 りたいという気持ちを抱かせます。休暇によってであったり、あるいは日々の退 屈に対して無為な時間を持って立ち向かうことによってであったり。

 また、患者に対する医師の厳格な支配もあります。医師は患者に対し、これを 食べてはいけない、あれを食べてはいけないと命じ、患者が好む食べ物や、慣れ 親しんだ食べ物を禁じ、欲しくない食べ物を食べるように命じて患者に厳しく接 し、これらの指導を破れば病気は重くなると脅すのです。そのような厳しい監視 に加え、どれだけ多くの薬を飲まなければならないことか。朝、昼、アスル、 夜、そして寝る前……と。また時には安静にするようにも命じます。

 これらすべての命令により、患者の中には、そのような指導のすべてに、ある いはその一部に対し、抵抗して拒む人々もいるのです。特に子供たち。そして、 医師があまりに自分の決まりを実行させたがり、自分の周りの者とは対照的に厳 しく、患者の気持ちを理解しないのだ、と考える大人たちも。

 私は、夫が入院中のある妻を知っています。
 彼女の夫は心臓病を患っており、病院の中で彼女を罵って大声でしかり、彼女 と子供たちに、タバコや医師が禁じた食べ物を持ってくるよう脅したのです。そ の時私は彼女に、彼の苛立ちに我慢するよう言いました。特にその時彼はまだ、 集中治療室にいたからです。しかし、患者が別の病室へ移ると、彼女の偽善的な 子供の一人が急いで彼にタバコや禁じられた食べ物を届けたのを、私は見つけた のでした。
 このような医師の権力への拒絶は、無知や強情によるものだと考える人たちも いますが、つまるところ、それも権力からの脱出なのです。たとえその権力が公 正なもので、あなたに善を望んでいたとしても。

 国の責任者たちも、時には自分たちに与えられた権力の法からの脱出を夢見ま す。しかし権力の法は彼らの動きを拘束しているため、彼らは一般の人々と共に 通りへ出て行くことを夢見、時には護衛なしで自由に買い物をしたり、自分たち に従う人々が出入りする場所に行き、大声で笑いたいと望みます。そして、特に アラブ諸国の中では、自分の地位を支配するすべての権力から脱出したいと。し かし、それはあくまでも夢を越えるものではありません。彼らは自分たちのため に定められた法の拘束に慣れてしまっているのです。

 権力支配の限界を打ち破ることを夢見る人々や、実際に権力に背く人々の間で は、今尚、実生活の姿は夢からはかけはなれています。しかし、多くの時や出来 事や人間構成の流れが、今自分が歩いている道の隊列に入ることを拒む力が自分 にはあるのだと、人に確信させ続けているのです。何故彼がその道にいるのかと いうことがわからないままに。




筆者:ナジュワ ハーシム
サウジアラビア女性作家 

(2007年7月3日更新)

                

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