アラブを見つめて
 

【ビドゥーン】


(*訳注:「ビドゥーン」は英語のwithoutにあたり、「〇〇なしの」という意味 合い。中東湾岸地域では砂漠の住人や、政治的事情で無国籍者となった人々のこ とを「ビドゥーン」と呼び、社会問題となった。)

 私は以前、「ビドゥーン」という言葉は(中東)湾岸地域特有の言葉であると考 えていました。それは「国籍を持たない者」を意味し、一部の人々が苦しんでき た問題であり、その当事者が国籍を取得できれば、なくなるものである、と。

 「ビドゥーン」問題は、とりわけ第一次湾岸戦争後に明らかになってきまし た。戦後、湾岸地域にはビドゥーンによる新しい社会が構築され、長い間閉ざさ れていた同様の多くの扉を開いたようでした。それと共に、「ビドゥーン」とい う言葉は他の単語同様、アラビア語地図に書き加えられるようになったのです。

 しかし数日前、私はグローバリゼーション抵抗運動のパリ会議での、アル= ジャズィーラ特派員アィヤーシュ・ダッラージー氏のレポートを聴いていたので すが、彼はその中で、「ビドゥーン問題」のデモについてのレポートを提示し、 その時、ビドゥーンという言葉で「国籍のないビドゥーン」だけではなく、「仕 事のないビドゥーン」や「家のないビドゥーン」をも表していました。それによ り、ビドゥーンという言葉が巷で周知の言葉になってから久しく、私はその言葉 について多くのことをすばやく思い出したのでした。

 私たちは毎日さまざまな言葉と共に暮らしています。好むと好まざるにかかわ らず、その言葉に対する得心や拒絶や高慢といったさまざまな感情を持ちなが ら。しかし、結果的にそれらの言葉は規定のものとなって人々の間に残っていき ます。「ビドゥーン」と言葉もその一つで、その名は当事者の記憶の中に住み着 き、彼らは毎日その名前を背負って目を覚ますのです。

 ところで、わが国には、どれだけ多く「仕事のないビドゥーン」である青年が 存在していることでしょうか?また、どれだけ多く「仕事のないビドゥーン」で ある若い女性がいることでしょうか? 卒業後、何年もの間、仕事も生活の糧を 得る手段もなく、どれだけ多くの青年男女や有能者が「仕事のないビドゥーン」 として存在していることでしょうか? わが国でどれだけ多くの卒業生が過多な 睡眠を取り、街中やテレビやインターネットの前で無為に時を過ごし、時間を浪 費していることでしょうか? 益ある暮らしも手にできず、学んだ学問を活かす こともできずに。

 「仕事のないビドゥーン」は何千人、いや、何万人も存在し、しかもそれは、 彼らが最後ではありません。公共の分野においても民間の分野においても、自分 の能力を活かす良い仕事の機会に恵まれないまま、毎年、彼らのような者たちが 卒業していくのです。民間企業が賃金を安く抑えるために外国人労働者を増やし ていく陰で。

 一方、「家のないビドゥーン」についてですが、私たちの中には、「家出人や 精神を患う者でもない限り、わが国に家のない者など存在しない。」と主張する 人たちもいます。彼らは、毎日のように新聞が伝える、路上や橋下で暮らすサウ ジ人や、崩れ落ちそうな危険な小屋やテントに集まって暮らしているサウジ人た ちに関する記事に、全く関心を持たずにいるのです。

 実際には、サウジ国民の何千人もの人々が「家のないビドゥーン」であり、こ の問題に苦悩しています。おそらく、以前設立された「貧困撲滅基金」が困窮者 への住居を確保することで、この問題を重要視するであろうと私は考えていま す。

 また、アミール、ワリード・ビン・タラールが1年ほど前に明らかにしたプロ ジェクトもこの問題を対処し、国内の多くの地域に数万戸の住居の建設をする予 定です。

 それは、多くの良い活動でいつでも新しい時代と場所作りを担うアミール、ア ル=ワリード・ビン・タラールによる人道的プロジェクトです。

 しかし、たった一人の手によるプロジェクトで充分なのでしょうか? 人口増 加と貧困の拡大の中、もちろんそれで足りるはずはありません。今後20年の間 に貧者の貧困はますます深まるだろうと考えている研究者たちもおり、つまり、 一度貧困に入り込んだ者はそこから抜け出すことはできないのです。貧者とその 他の人々との格差は、私たちの理解を遥かに超えるものだからです。

 「家のないビドゥーン」については、住居を探している人のために新聞のコー ナーを設けるべきだと思います。路上やマスジドで暮らす人々について競って取 り上げるに留まるのではなく。そのような人々は必要があるにもかかわらずその 解決が見つからないのですから、決して物乞いの範疇には入らないのです。新聞 はただ、「家のないビドゥーン」の数を明らかにすればよいのです。

 また、「仕事のないビドゥーン」についても、たとえ1ページでも、新聞が毎 日、仕事のないビドゥーンからの広告を載せるべきです。「私たちと一緒に探し てください。」というタイトルで。たとえば;「仕事のないビドゥーン―年齢― 資格―能力―専門外でもできる仕事―給料の額は重要ではない……」というよう に。

 「仕事がないビドゥーン」と「家がないビドゥーン」……私たちの社会が苦悩 しているのは、果たしてこの2種類のビドゥーンだけなのでしょうか? それと も、まだ他のビドゥーンが存在するのでしょうか??


筆者:ナジュワ ハーシム
サウジアラビア女性作家 

(2007年1月16日更新)

                

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