声と像
 

【声と像 5】



 私の娘は、私のかつての記念アルバムを見たがりました。それは、ヒジュラ暦 1383年に始まった私の日本滞在を記録したものです。そして、当時私が所持 していたパスポートは「政治パスポート」であり、その後と今のものは「外交パ スポート」であることに彼女は目を留め、こう訊きました。

「政治は外交と同じなの? もし違うのなら、その違いは何? 『政治』の名で 始まった仕事が『外交』の名で終わっているのは何故なのかしら?」

 私は娘の細かい観察に感心しましたが、でも驚きはしませんでした。今の世代 の人々の前には、私たちの世代には恵まれていなかった情報や文化を手に入れる 段がたくさんあるからです。

 それに加えて彼らは、対話や討論においての大胆さや自由闊達さを持ち合わせ ているのですから。両親や教師たちとの議論においてさえも。

 外務省に所属する後者のパスポートの呼び名の方が正しいのだ、と私は彼女に 言いました。国外での任務は外交であって政治ではないし、政治と外交の違いは 大きく、政治は国内の仕事であり、外交は国外の仕事なのだ、と。

 政治は、国の舵取りや統治者と国民との関係、自国と諸外国との関係構築のた めに最適だとされる考えを持つ人々の組織に帰するものです。

 一つの社会には、さまざまな意見を持つ人々の集団組織が複数あります。それ は国民政党と呼ばれる政党で、同じ社会の中にその他複数政党がある場合もあり ます。それらは他の集団の政治思想や政治手法を社会に実践せんとする政党で す。

 ソビエト連邦時代や、ソビエトとアメリカ合衆国の激しい冷戦時代に広く普及 した左翼政党や共産党などのように。

 また時に、思想は一つでも、実践手法は社会構成や伝統習慣によって多様であ る場合もあります。宗教や信仰信条を守る社会(イスラーム社会を指す)のよう に。それらの社会では、聖法の実践を、公正と平等の実現のための最善の保障と 考えます。

 一方、外交官は自国の政府機関に帰属し、国外や派遣先国において、その政府 機関の「目と舌」になるのです。

 政治や政治家についての込み入った話は、どうやら娘の関心をひいたようでし た。

 衛星放送―特にアラブの衛星放送―で、私たちアラブ・イスラーム世界が迎え ている最近の困難な情勢において、「政治」「政治家」「政党」「政争」といっ た言葉が、日々繰り返されているからです。

 そこで娘は、私たちのサウジアラビア社会について、また私たちの社会と、私 たちがその動向や進歩に影響を受ける地球上のほかの社会との比較について教え てほしいと言いました。

 ―ちなみにその地球はと言えば、一部の住人の現代的で豊かな暮らしが元で温 暖化やオゾン層破壊に苦しみ、手術で治る人間の病とは違って決して元に戻せな い亀裂を生んでしまったのですが。―

 現代の政治思想には3つの方向性がある、と私は娘に言いました。それは、 「自由」を目的としたリベラルのシステム、「平等」を目的とした共有のシステ ム、そして「公正」を目的としたイスラームのシステムです。

 リベラルのシステムにおいては、政治に関しても、社会に関しても、文化に関 しても、人々の多様な生活形態や活動形態による個人や集団の自由解放が謳われ ます。このシステムの援助者たちは、完全なる自由こそが進歩と発明と競争の最 良の動機であると考えます。

 そして権力当局の仕事は、それぞれ異なる立場の自由が衝突し、他者の自由の 侵害につながるような敵意を生み出さないための、自由のためのシステム作りに 限られており、それは特に西洋社会で実践されているものです。

 共有のシステムは平等を謳い、機会の平等を呼びかけ、それぞれが能力や仕事 に応じて分配を受けます。

 このシステムでは、権力が指導者たちの手に局限されているように私たちには 思われ、他の意見が認められず、共同体を支配者集団に従わせているように見受 けられます。

 それは発明や進歩に限界をもたらし、ソビエト連邦はその好例でした。冷戦に 敗れたソビエト連邦では国土が分断され、のちに、経済破綻と政情不安によっ て、いわゆる第3世界と呼ばれる民族ごとの分裂が訪れました。

「イスラームのシステムはどうなの?」と娘は訊きました。
 そこで私は、イスラームの神聖なるシステムは。至高なるアッラーのこの命を 実践するべく、公正を目的としている、と答えました:

<誠にアッラーは、あなたがたが信託されたものを、元の所有者に返還すること を命じられる。またあなたがたが人の間を裁く時は、公正に裁くことを命じられ る。
 アッラーがあなたがたに訓戒されることは、何と善美なことよ。誠にアッラー は、全てを聴き、凡てのことに通暁なされる。>
(聖クルアーン:婦人章58節)

 また平等は公正の一つの条件であり、聖預言者モハンマド―彼に平安と祝福が ありますように―のこのハディースも、それを示しています:

《あなた方に先立つ人々は滅ぼされました。彼らは名門出の者が窃盗を犯したな らその者を見逃し、弱い立場の者が窃盗した時にはその者に刑罰を執行しまし た。
 モハンマドの魂をその御手にお持ちになる御方に誓って、仮にモハンマドの娘 ファーティマが窃盗を犯したとしても、私は彼女の手首を切断するでしょう。》

 統治者が国民から受けるべき権利は、従順と支持と援助であり、国民が統治者 から受けるべき権利は、公正と協議と信託の保護、そしてアッラーの定められた 刑罰の執行と、敵対する者から国を守ることです。

 2大聖地の守護者、アブドゥッラー・ビン・アブディルアズィーズ・サウード 家国王の指揮により、我が国は他のシステムの代わりにイスラームのシステムを 実践し、イスラームの民が後進から立ち上がることができるよう、イスラーム世 界の発展に尽力しています。また我が国はイスラームの教える中道を知らしめる 努力もしています。

 中道こそ、愛と平和と「最善の態度での議論(*注)」に基づいてムスリム社 会をまとめるものなのです。

 すると娘は言いました。それは、啓示の地、聖マッカで開催されたイスラーム 首脳会議で、国王陛下が述べたことではないか、と。そして彼女は、この会議の 決定が実践の道を見出し、それにより、イスラーム諸国での流血が止み、子供た ちの顔に笑顔が戻るよう、是非自分と一緒に祈ってほしい、と言いました。

 それから私に、一体いつまで自分のことを「私の小さな娘」と呼ぶのか、と訊 くので、私は、人生最期の日までだ、と答えたのです。

 「私の小さな娘」に、より良い未来を求める想いこそ、社会の最善の日のため の更なる活動への力を私に与えています。

 私たちはまた近いうちに、政治と外交の仕事の比較について話し合おうと約束 をして、その夜の話を終えたのでした。

*訳注:「最善の態度で議論する」は、聖クルアーンの次の聖句の中で、アッ ラーが預言者モハンマドに命じた言葉:
<英知と良い話し方で、(凡ての者を)あなたの主の道に招け。最善の態度でか れらと議論しなさい。……>(蜜蜂章125節より)

祝福の地マディーナにて―ヒジュラ暦1426年ズ=ル=カアダ月8日



筆者:モハンマド バシール クルディー
前駐日サウジアラビア大使       

(2007年9月11日更新)

                

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