アラブ圏を旅してみたら
 

【エジプト II】

(カイロ→アレキサンドリア→バフレイヤ→ルクソール→アスワン)



 チュニジアから空路カイロに戻ってきた。夜遅くの到着で、そのまましばらく 空港でアレキサンドリア行きのバスの始発を待つ。チケット売り場のおじさんは 日本からエジプトに到着したばかりだと思ったのか値段をぼってきた。こっちは 数字読めるんですけど!

 4年前の滞在中に、アレキサンドリアからカイロまで3等列車で移動したこと がある。それ以来エジプトで3等列車に乗るのは絶対止めようと思った。2等よ り疲れ方30倍位。まあ、外国人は2等・1等しか売ってもらえないこともある し、その時もホームで周りの乗客や駅員から「2等は向うだ」と何度も言われ た。

カイロ:駅での礼拝
カイロ:駅での礼拝


 アレキサンドリアからカイロに戻り、次の日、友人と3人でバフレイヤに行 く。現地のガイド、ベドウィンのフォックスがプロフェッショナルで、とても ラッキーだったと思う。白砂漠はとても幻想的だったし、黒砂漠では周りに誰も いない場所でキャンプできた。バフレイヤ行きのバスでたまたま一緒になった日 本人グループ(そのうち何人かはヨルダンやダハブで会っている)はツアーでも めてツーリストポリスを呼ぶ羽目になったらしい。値段や内容の交渉などがエジ プトでは大変だ。

朝の白砂漠:左端の車の所で食事&睡眠。テントは無し。
朝の白砂漠:左端の車の所で食事&睡眠。テントは無し。


 再びカイロに戻りお世話になった友人と別れホテルに移動。2日後にはビザ取 得などの所用を終え、ルクソールへ。夜行列車は2等がとれず1等車になってし まったが、乗り心地は良かった。ルクソール駅ではホテルの呼び込みが激しく、 4年前よりかなりしつこくなっていた。エジプトは見所が多いがエジプト人との 戦いも多い。
特にピラミッド地区とここルクソールが疲れる場所だ。

 私たちは西岸・東岸とも自転車で回った。ハトシェプストから王家の谷へは自 転車を置き岩山を歩いていった。そうすると崖の上からハトシェプストを臨む事 ができる。この道を往復するのは結構きついが、景色は良い。王家の谷から戻る 途中で出会った地元民は急な崖を下りていった。近道だから一緒にどうかと誘わ れたがそんな勇気はでなかった。

 エジプト観光最後の町、アスワンに移動。ここからアブシンベルへのツアーに も行った。ツアーは治安上の問題でアブシンベルヘ向かうバス全部が一斉に護衛 つきで移動する為、入場の際に大混雑した。ちなみに早朝4時発で、3時にホテ ルの人が部屋に起こしにくる。

 次の日スーダンへのフェリーチケットを購入。チケット売り場では外国人特 権(?)で行列に並ばず裏口から買えた。入り口がわからず裏口に出てしまった だけなのだが外国人はそのまま通されるらしく、そのパターンで購入する人が多 い。フェリーは週1便なのでそれに合わせてエジプト移動を計画してきたので無 事にチケットを取れて良かった。

 私は4年前のイメージから夫に「エジプトは人が悪く、ぼったくりやウソばっ かり」と何回も言っていたし、レバノンやヨルダンで何かあると「エジプトもこ んなのばっかりだから喧嘩しまくるよ」など散々エジプトの悪口を言っていたの で(エジプトの皆さんごめんなさい。勿論親切な方達にも沢山会いましたよ!) 夫は思っていたよりエジプトに対して悪いイメージを持たなかったようだ。実際 女1人旅と男女2人旅では周りの対応も大分ちがってくるのかも。悪いイメージ を打ち消すほどの見応えある遺跡も沢山あるし、エジプト人は先人の恩恵に感謝 しないとね、と思ったりする。

 さあ、そんな戦いのエジプトともお別れの日、フェリーは午後2時発だが、 10時までにはフェリー乗り場に到着しておくようにとの事。港まで行く列車も あるのだが私たちはタクシーで向かった。港は人々でごった返し、何処に行けば いいかもわからない状態だった。欧米人グループがいたのでその人たちに聞きつ つ、出国審査を無事に終え、フェリーに向かう。いよいよ、スーダンへ!



筆者:丸山 範子      
アラブ イスラーム学院 学生

(2007年6月5日更新)

                

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