遠くの近い国
 

【遠くの近い国】


シリアは地図上でも面識の上でも日本から遠い。しかし実際にここにいるとどこか懐かしく感じるのはなぜだろう?外国人に対する好奇心の眼差し、家族の絆、狭い路地に馬車で野菜を売りに来る農家の人たち、「物」に値段のない世界、砂糖でのもてなし。それらは人として自然体で生きることへの懐かしさであると同時に、そこに通じるものを持っている日本人にとっての懐かしさであるような気がする。

8ヶ月程前、私は全く想像のつかないシリアの生活に足を踏み入れた。時間の流れも常識も価値観も全てが逆様のシリアは私の前にすぐに大きな壁となって立ちはだかった。しかし、最初こそはその逆流に抵抗を感じたものの、未知なる世界の神秘に引かれこの国に踏み止まった。そして、壁の向こうには辛抱と努力をした者だけが見ることのできる世界があるという確信と共に、それは手に入れるのが困難であるからこそ価値のあるものである気さえした。その確信が現実となったのはシリアにきて5ヶ月目、この『アラブ・マガジン』の連載を書き始めたのが発端だった。シリアに面識のない読者に向けて書いているうちに自分でもこの国を、そしてこの国に暮らす自分までをも客観的に観察することができた。結果、壁の向こうに見たものはシリア人の人情であり、哲学であり、個性であった。中の世界には外とは裏腹になだらかで、そしてどこか懐かしい時間が流れていた。それは同時に日本で育った私の中にシリアと共通するものを見つけた時でもあった。

近年シリアは急速に変化している。アナログ社会にも文明の波が確実に近づいている気配がする。街中では英語が飛び交い、中等教育が義務化され、年内には全国教育基準が成立する。交通渋滞を改善するため乗客が肩を寄せ合って乗る小型の乗り合いバスは5年以内に大型バスに置き換えられ、町からその姿を消す。そんな変化の中で人間関係が疎遠になったことを嘆くシリア人がいる。その一方でいつの日か世界に境界線がなくなり、個人が自由にその才能や能力を発揮できる日が来ればいいと望んでいるシリアの次世代も育っている。5年後、10年後のシリアはどこにいるのだろう?何かの縁で開拓前のシリアをシリアの人と共有できた私は、発展後のシリアにも彼らの個性と人間性が残ってくれたらと願っている。

<あとがき>
全13回の連載でシリアの様々な顔を紹介してきました。これらを通して日本の方々がこの国の具体像を描くときのお手伝いが少しでもできれば幸いです。また、いつかきっと「懐かしい」といわれるようになるだろう現在のシリアをかつての日本と比べることにより、私達自身のことも再度見つめ直す機会を作ることができたら嬉しく思います。最後に、『アラブ・マガジン』の連載を通してシリアとここに暮らす自分を見つめ直すきっかけを与えて下さったイサム・ブカーリさんにこの場を借りてお礼を申し上げます。


執筆:白石美紗緒
アラブ イスラーム学院卒業生


(→バックナンバー
(→週刊アラブマガジンのトップ


 
↑UP↑

前に戻る


アラブマガジンへもどる

 

アラビア語カフェ | アラブ イスラーム学院 | サイトマップ | ヘルプ



2005年 アラブ イスラーム学院