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【5本の指とパレスチナ問題】

5本の指とパレスチナ問題


パレスチナ問題は実はもう風化しているのではないか、という思いがある日ふと頭を過った。私はその思いを機会に、自分が長年疑問に思ってきたパレスチナ難民問題に関して決着をつけることにした。そしてシリア・レバノンにあるパレスチナキャンプを訪れ、現地NGOやパレスチナ青少年向けの職業訓練所などで話を聞いた。その中でも2004年の冬、2回に渡ってレバノンを訪れた際に出会ったレバノン軍人(仮名:ラーミー)との会話は今日のパレスチナ難民問題を巧みに描いており、また私の疑問に対する直接的な解答でもあった。

パレスチナキャンプはその形態も政府による扱いも国によって異なるが、レバノンでは実際に「キャンプ」としてレバノン国民の生活から隔離され、労働に関してもパレスチナ人には70種職業制限が設けられている。各キャンプの入り口にはレバノン軍の検問所が設けられ、外国人が中に入るにはその地域にあるレバノン軍の主要事務所での許可申請が必要とされる。12月中旬、私はレバノン南西部にある国内最大のパレスチナキャンプを訪れるために許可申請を行った。その際に対応してくれたのがラーミーだった。

会話は彼が「キャンプの中は危険だ」としきりに私に言っていたのから始まった。私が何をもって「危険」なのかと質問したら、彼は仲間の二人がパレスチナ人に殺されたことや、彼らが内戦時からの武器を未だに保持していて、それらを回収しようとすると女性や子供を盾にして戦おうとすることなどを話してくれた。しかし、それは現在のキャンプの中の生活を現していることにはならなかったし、パレスチナ人が「危険」であるという一般論にも結びつかなかった。そこで私は「衝突を無くしたいのならレバノン政府はなぜ彼らの人権を認めないのだ。彼らに自由と豊かな暮らしを与える事の方が抑制よりも効果があるのではないか。」と質問した。するとラーミーは「彼らは将来(パレスチナが元に戻っても)自分達の国に帰る気などない。彼らはレバノンの国民権を要求しているのだ。私達は彼らに住む土地と最低限の生活を提供した。それなのになぜそれ以上を望むのか。」と返した。難民受け入れの需要と受入国の体制。私はこれがパレスチナ難民に限らず、難民諸問題のジレンマであるように感じた。
   
そうしている間にもレバノン軍の事務所には様々なパレスチナ人が入れ替わり立ち替わり訪れていた。するとラーミーはその一人、汚らしい身なりの男性老人を指して「これがパレスチナ人だよ、まだパレスチナ人に逢いたい?」と言った。そこで私は自分の隣に座っていた気品のある二人の老婦人を指して「この人達もパレスチナ人だよ。パレスチナ人はいい人達に違いない。」と言った。彼はしばらくしてこう返した。「君の手を見てごらん。5本の指が全て違うでしょ。パレスチナ人がみな暴力的で悪い人間な訳でない。今日のパレスチナ問題の根底にあるのは政治なんだ。」私はそれを聞いて光を見たような気がした。それは彼が問題の核心を認めたからではなく、彼の言葉が一般の人々の意識の中に憎しみや差別が無いことを表していたからだった。

今日におけるパレスチナ問題とは何だろう? ラーミーが言ったように例えそこに政治的な問題が残っているとしても、それを囲む人々の意識が進歩している限り政治は遅からず後追いしてくるような気がした。私はシリア・レバノンでの経験から、この問題が新しい時代を生きていることを教えられた。

執筆:白石美紗緒
アラブ イスラーム学院卒業生


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