遠くて近い国
 

【新しい扉】
 

2004年8月19日、私はシリア・アラブ共和国の首都にある、ダマスカス国際空港に到着した。100ドルを両替し、市内を目指す。空港から頻繁に行き来している25リラ(約50円)のバスで30分も走ると市内に着く。

最初に言い訳をするわけではないが、日本で得るシリア留学の情報は極めて少ない。私は渡航前に掻き集めた情報からシリアが客引きや中東独特の慌しさとは無縁の、長閑で、素朴で、洗練された国だというイメージを勝手に描いていた。

しかし、バスを降りてダマスカスに一歩足を踏み入れた瞬間、車の渋滞と混沌とした町の風景を目の当たりにする。…あれ?スーツケースを降ろすとすぐさま荷物運びの少年が近づいてくる。「100リラで行きたい所へ行くよ。」とタクシーの運転手までが寄ってくる。夢の留学生活は音を立てて壊れる。

タクシーをつかまえて乗ると私が目指すホテルなど知らない様子。嘘か真か街中をぐるぐる探し廻ったため、20リラで済むようなところを結局100リラも払う羽目になる。そんなこんなでホテルに着くと「部屋はないよ。屋上なら空いている。」と言われる。屋上を見に行くとこれまたひどい。男女ごちゃまぜになって、他人の汗が何年分も染みたような汚らしいマットの上に雑魚寝している。衛生も携帯品の保障もあったものではない。こんな経験も以前の私であれば平気だった。しかし、4年間の社会人生活の中で日本の簡潔された繊細な文化と整備された社会に浸りきってしまった私にとって2国間の差は歴然としている。夜マットの上に寝そべると頭上には視界いっぱいに広がる星空。それでも明日に希望を託して自分を寝かしつけるが、何だか惨めになって涙がポロポロこぼれてくる。

こうして私のシリア生活は幕を開けた。最初の頃は住み慣れた日本や西洋社会とこの国とを比べてばかりいた。だが他と比べているうちはこの土地に溶け込めるはずもなかった。私は自分の中にあるこの二つの世界の「差」を埋めることがその先の新しい世界への鍵だと常に信じ、後1ヶ月、もう1ヶ月と過ごしてきた。様々な角度からこの国を見てきて半年。最近になってようやく、腰を落ち着けつけることができるようになった。


執筆:白石美紗緒
アラブ イスラーム学院卒業生


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