アラブ社会
 

【人間の権利とは真実か欺瞞か?】


「人間の権利」とは現代において繰り返し口にされる言葉であるが、私はいつも どのような人間がこのようなことについて話しているのか、自問する。欧米がそ の権利を作ろうとしているところの人間とはどのようなものか?もし人間が欧米 的見地による通り、単なる生物学的発展、あるいは環境的変異、あるいは単なる 奇妙な物理学的現象だとしたら、なぜこれまでにも権利が取り沙汰されるのだろ うか?

果たして欧米は「人間の権利」というスローガンを挙げることによって、歴史の 中の彼らの災難や犯罪、何千万人もの死者や難民を出した残虐な戦争が消し去ら れるとでも思っているのだろうか?そしてこのスローガンが、彼らが引き起した ところの世界大戦や原爆による犠牲者を、人々の記憶から消去できるとでも思っ ているのだろうか?あるいは「人間の権利」とは、彼らが世界を制覇するために 開発した、新しい欺瞞だろうか?一体彼らは「人間の権利」というテーマをもっ て、政治体制の異なる他の国々を圧迫する手段としていないだろうか?彼らに とっての友好国が「人間の権利」を侵す時、果たして彼らは目を背けて「人間の 権利」をないがしろにしていないだろうか?これらの例を挙げるのはもうやめて おこう。状況は明白であるし、今日世界で起こっていることは誰の目にも明らか であるから。

それでは一歩譲って、「人間の権利」という法を施行しようとする人々を良い目 で見ようとしよう。そしてそれをある種の人々が言うように、人間の尊厳を守 り、その基本的な要求を満たすところの「世界規模の人類の成果」と捉えてみよ う。するとこれらの権利は一方的な欧米による実験を意味しているようには思わ れないだろうか?そしてそれらの権利というものは弱小な者たちを力で制圧しつ つ、欧米側の人間のみを守ることを意図してはいないだろうか?また、それらは 欧米側の状況と彼らの文化的・政治的背景にそぐうもので、そこにおいて何より もまず政治的・個人的な利益が追求されてはいないだろうか?もしそうであるな ら、彼らと状況や背景を異にする者たちにそれらをなぜ押し付けるのだろう?そ してなぜ特にイスラームとムスリムを攻撃の対象とし、彼らを人種主義や排他主 義と形容し、かつ彼らを「人間の権利を侵犯する者たち」のリストに加えるのだ ろう?

前置きはこれくらいにして、今回の話の核心に入ろう。なぜ欧米はアラブ・イス ラームを人権侵犯で訴え続けるのだろうか?

私はアラビア半島出身のイスラーム教徒で、「人権侵犯」で訴えられている国の 1つ、サウジアラビア王国で生まれ育った。そしてそこで文化や教養を身につけ た。私は政治に関して詳しくはないが、良いこと悪いこと、公正と不正、権利の 侵犯と義務の遂行を区別するくらいの意識は持ち合わせているつもりだ。私はサ ウジアラビア王国に過ちや不正がない、などというつもりはない。そもそも地球 上にそのような完璧なものなどないだろう。そしてその過ちなども個人的なも の、あるいは社会的なものであり、つまりは個人的な欠陥に由来するもので、全 サウジ人が拠り所とするところのイスラームという教えの中の欠陥に由来するも のではない。私たちの教えであるイスラームはこのような告発から無縁のもので ある。それどころか現代の問題の1つである人権というテーマは、イスラームの 隆盛した理由のキーポイントでもある。イスラームは人権問題に関して国連憲章 や世界的な人権擁護キャンペーン、国際的宣言に14世紀も先駆けていたのだ。 そしてサウジアラビア王国においては、イスラームが諸々の権利の源泉になって いる。その基本的なものとしては、人間の尊厳、平等、異なる民族間の相互援 助、公正、勤労と教育の権利、所有権、自由権などその他沢山ある。しかしここ では、事実の証明のために詳細な研究に立ち入ることはしない。ただイスラーム が、どれだけ人間とその生活のあらゆる面においての権利に重要性を置いている か、それを示す簡潔な具体例をあなた方に提供しよう。それはイスラームの預言 者ムハンマドの説教からの抜粋である。そこには全てとまではいかなくとも、い くつかの人間の諸権利が言及されている。それではその中の意味を簡潔に説明し よう:

1.預言者(彼に祝福と平安あれ)は言った。「人々よ、あなた方の生命と財産 と尊厳は、この国の、この月におけるこの日の神聖さほどに神聖で冒すベからざ るものである。」―尊厳に溢れる生活の権利の保障と、それが神聖な義務である ことの言及。

2.それから預言者(彼に祝福と平安あれ)は言った。「人々よ、(イスラーム 以前の)無明時代のリバー(不法な商取引や利子)は廃棄された。そしてまず最 初に私のこの足元に廃棄するリバーは、(叔父の)アルアッバースのそれであ る。」―公正さと、経済的機会を得る権利、及び最低限の生活の保障の権利への 言及。

3.それから預言者(彼に祝福と平安あれ)は言った。「人々よ、(イスラーム 以前の)無明時代の誇りは廃棄された。」―財産や血統ではなく、行いや獲得し たもの、努力に基いたものが誇りに値するとする、人間的平等の権利の言及。

4.それから預言者(彼に祝福と平安あれ)は言った。「人々よ、あなた方の女 性はあなた方に権利を有し、彼女らにはあなた方に対しての権利がある。女性た ちに関して主を畏れ、彼女らに良くしてやるのだ。」―女性の尊厳に溢れた生活 を送る権利、及び家庭における女性の神聖な権利への言及。

5.それから預言者(彼に祝福と平安あれ)は言った。「人々よ、信仰者たちは 兄弟である。それゆえ私の亡き後に、互いの首をはね合う不信仰に舞い戻っては ならない。」―集団生活の権利、兄弟愛、相互援助、団結の中における意見の相 違を認める権利への言及。

6.それから預言者(彼に祝福と平安あれ)は言った。「人々よ、私は私の亡き 後もそれにすがっていれば、決して道を誤らないところのものをあなた方に残し た。それはクルアーンとスンナ(預言者の言行録)である。」―信条、信仰の自 由、思想の自由への言及。

7.それから預言者(彼に祝福と平安あれ)は言った。「人々よ、あなた方の主 は1つである。そしてあなた方の父も1人である。全ての者はアダムにつなが り、アダムは土塊から創られた。実に主のもとで最も貴い者は、かれを最もよく 畏れる者である。」―人類の起源が1つであることにおいて平等であること、真 の創造主・統治者を崇拝する全人類の権利、アダムを共通の父とする権利への言 及。

今読者の皆さんは、預言者ムハンマドの遺言の一部と「人類の権利」の目的の簡 潔な比較により、イスラームという教えが人間の尊厳を無視しているものなどで はなく、むしろイスラーム理論の範疇内であり、決して軽視されざるべき義務で あることがお分かりになったであろうかと思う。これらの包括的な諸義務は精神 的・物質的生活において、そして思想的、理性的、個人的、社会的な生活におい て実践される。先にチュニスにおいてシラク大統領が言明したように、「人間の 権利」とは衣食住に限定されるものなのではない。このような言葉は、抑圧者を 被抑圧者に対して更に力づけることになるだろう。また付け加えれば、先の諸義 務というのはある特定の人種や国民に限定されるものではなく、欧米の白人の人 権のみを重視する貪欲な利己主義でもない。そしてその諸義務というのは精神と 肉体、男性と女性、家族と社会、義務と権利といった物事の間においてバランス のとれたものである。

主の思し召しならば、話の続きをまた後ほどしたいと思う。次回は、イスラーム という純正な教えの実践という観点から、人権法の実践に関するサウジアラビア 王国の立場について話すことにしよう。


筆者:ラシャー マンスーリー
アブドルアジーズ国王大学元研究員

                

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