アラブサッカーに恋して
 

【サッカーで戦うイラク選手たち】
 

国内が破壊的な戦況下に置かれているなか、イラクのサッカー選手たちは諦めることなくサッカーをやり続けています。

2004年3月、親善試合のため来日したイラク代表選手たちに、初めて出会いました。彼らは、私が初めて会ったイラク人でもあります。一般的に抱かれているイラク人のイメージは、決していいものではありませんが、彼らと出会ったことで、イラク人の素晴らしさや人間性を知ることができ、本当に幸せに思います。そして、それから私の“アラブサッカーおっかけ人生”がスタートしました。

これまで、ワールドカップ・アジア一次予選、アテネ五輪アジア最終予選、ガルフカップと、可能な限り現地でイラク代表を追い続けてきました。残念ながらドイツW杯のアジア一次予選は、あと一歩のところで強豪ウズベキスタンに敗れ、敗退してしまいましたが、アテネ五輪にはアジアの代表として出場。メダルは逃しましたが、同大会アジア最高の4位という輝かしい結果を残しました。

イラクは戦争によって国際試合を自国で開催できないため、有利なホームゲームさえ全て第三国で行わなければなりません。その度の遠征、長旅。移動に伴う彼らの疲労が、試合に影響しないわけはないでしょう。至る所で爆発が起きている危険な街道をバスで移動し、国境を越える税関ではパスポート審査に何時間、ときには何十時間もとられてしまうのです。それでも彼らは挫けることなく、歌を唄ったり、ドミノゲームを楽しんだり、また、礼拝に没頭したりと、仲間達との大切な時間を過ごしています。

イラク国内一部リーグは、12チームで構成されていて、3チームずつ4グループに分かれ、各グループ1位がイラク・スーパーリーグに出場します。なかでも、バグダードの強豪チーム、アル・ザウラーは多くの代表選手を輩出しています。W杯メキシコ大会にも出場し、日本でもあの“ドーハの悲劇”で得点しサッカーマニアならその名を知るイラクの伝説のストライカー、アフマド・ラディもザウラーでプレーし、現在はクラブ会長を務めています。ザウラーは今年、イラクのクラブチーム代表として、AFCチャンピオンズリーグに出場しました。

国際試合において自国開催が出来ない状況、ザウラーは戦いの舞台をレバノンのトリポリに移しました。この大会を終えると、代表の親善試合などを除いては当分の間彼らが国際試合を行う予定がなくなります。5月24日、ACLグループ予選最終戦を戦った彼らは、すでに予選敗退は決まっていましたが、代表選手が多く所属するウズベキスタンの強豪、パフタコルを相手に見事な戦いを見せました。


執筆:渡邉真由子
フリーライター


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