日本のシンドバッド
 

【エジプト篇 その1】
 

今年でエジプト訪問も5年連続となってしまった。一般的に「アラブ」と呼ばれる地域に初めて足を踏み入れたのもここエジプトだった。その後もアラブに来る度に必ず寄ってしまう。まあ端的に言ってしまえばエジプトが好き、ということになるのだろう。きっと多くの日本人でアラブに行ったことがあるとすればそれはエジプトだろうし、訪れたのは遺跡であったり博物館であったり、またはリゾート化された地域だったり。そんな中でいつも私が目を向けているのは生活に密着した、ごくごくありふれた日常生活。気さくで人間味あふれるエジプシャンはアラブの中でも特殊な存在ではなかろうか。そんなエジプトで実際に体験したナマの話を紹介したいと思う。

2003年7月末、通算で9回目のエジプト入国。何回来ても町並みは全く変わらない。年に数えるほどしか雨の降らないカイロはいつも埃っぽい。カイロはギザなどの周辺都市を併せると人口は1000万人とも1500万人とも言われているが、実のところ地方からの流入者の統計を取ること自体が難しい状況なのであろう。

それほどの大都市だけあり、交通量は非常に多く、地下鉄・路面電車等が走っていても、それが日々起こる交通渋滞の解消に結びついているとはとても思えない。まさに「焼け石に水」といったところか。そして30階建ての高級ホテルがあったり、前述のように地下鉄が走っているほどの国なのに、交通手段に未だ公然とロバ車が使われていたりする。このノロノロとしたロバ車が渋滞に拍車を掛けているのは言うまでもないことだ。ロバ車が積荷を運ぶ傍ら、ベンツが走り抜けていくという構図はそうそう見られるものではあるまい。しかしこういった光景こそ、現在のエジプトの本当の姿なのだろう。

さて、そんなエジプト。元々の物価の安さに、ある程度自給できるだけの石油産出もあいまって交通費は非常に安い。空港から街中まで20キロ以上離れているのにバス代は50キルシュ(約10円)。タクシーを使ったとしても30ジニー(約600円)くらい。それにしてもバスというのは使い勝手が悪く大問題。バスのフロントガラスの部分に路線番号が書かれているのだけれども、それはすべてアラビア数字で表記されている(注・私たちが日常的に使っている数字ではなく、アラビア語圏でよく使われている数字)。また親切に行き先が記されていてもそれが草書体でうねうねと書かれているため、読めないことも……当然、時刻表など無いに等しく、長時間待たされた上にバスは満員で結局乗れなかった、なんてこともある。しかしその満員バスに乗り感心したのはお年寄りや体の不自由な人に席を譲る場面をしばしば見かけたことだ。それはごく自然に行われていて、日本人も見習うべきことだと思った。それとバス停だが一応あるにはあるもののイマイチ定まっておらず、また乗った者・降りた者勝ちなので、巨体をゆさゆさ揺らしながら駆け込むエジプシャンの姿がしばしば。逞しいエジプシャン達は人並みかき分け今日もまた満員バスに乗り込むのである。

執筆:石和田 宏志
アラブ・イスラーム学院学生

                

(→バックナンバー
(→週刊アラブマガジンのトップ


 
↑UP↑

前に戻る


アラブマガジンへもどる

 

アラビア語カフェ | アラブ イスラーム学院 | サイトマップ | ヘルプ



2004年 アラブ イスラーム学院