日本のシンドバッド
 

【イラク篇 その3】
 

バグダードでは行きつけのマクハーで時を過ごすのがほとんどだった。店主のワリードはアラビア語・英語・フランス語にペルシャ語まで理解する教養人。従業員のファルハーンは一目でクルド人だとわかる風貌の好青年。そして店の裏の工房でカリグラフィーの仕事をしているハルドゥーン。顔なじみになった客たち。みな明るく親切極まりなかった。特にハルドゥーンとはよく話をして2人きりの時には「外国から情報が入ってこなくて困る」などとぼやいていたものだ。そんなバグダードだが私が思うにキリスト教徒が結構多かった気がする。たまたま接した人がそうだっただけかもしれないが、ファルハーンやハルドゥーンもキリスト教徒だった。でも普段暮らしていてシーアがどうとかスンニがどうとか宗教的な衝突は表向き見受けられず、またアラブ人もクルド人もみんな仲良く暮らしているようだった。

せっかくイラクに来たからには、遺跡に興味のない私でもついでにそこを訪れようという気になるものである。バビロンまではバグダードから1時間少々だったか。見事に復元された門やら、有名な塔の跡地やらがあった。それから町外れの遺跡に足を伸ばすときなどやはり乗り合いタクシーを使うのだが、ある時ベドウィン男性があたり一面目印になるものが見えない所で車を降り、砂漠に歩みを進めて姿を消すという場面に出くわした。迷子にならないのだろうか?途中で喉は渇かないのだろうか?余計なお世話にもそんなことを考えてしまう、なんとも不思議な光景だった。またベドウィンの血は熱い。遺跡の傍の幹線道路のレストハウス(といっても掘っ立て小屋)で休んでいた時、私は柄の悪そうなイラク兵士から外に呼び出されちょっとした恐喝に遭った。無理に断って怪我するのも嫌だし、小銭で解決できるのならそれでいいやという私の判断とは別に、たまたま通りかかったベドウィンのおっさんがその場を目撃してしまい物凄い剣幕で怒鳴り込んでくるではないか。おそらく「外国人相手にそんなことをしていいと思っているのか?」など語っていたのだろう。面倒なことに近寄らないという現代の日本では想像もつかないことにかなり感動した。真の「男気」とはまさにこのようなものではなかろうか。

さてイラクといっても広く、南部から中部にかけての砂漠とは違い北部では織り成す山々に生い茂る緑を目にすることができる。私が数多く訪れたことがあるアラブ地域の中で最も美しい場所だといえよう。春のモスル近郊は青々とした若芽に菜の花が咲き乱れ楽園をも連想させる。ここでのお勧めはクルディッシュピザ。薄焼きのピザなのだが、釜焼きでとてもおいしく毎日食べていた。

執筆:石和田 宏志
アラブ・イスラーム学院学生

                

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