Made In アラビア
 

【ヤークート・アルハマウィー】
 

1.出身と学問的背景:

アラブの地理学者ヤークートを紹介しましょう。
ヤークートは故郷ローマ・ビザンチンで西暦1176年に生まれ、1220年に没しました。かつて彼はローマの奴隷だったのですが、バグダッドに住んでいたハマー出身のある商人が、奴隷商から彼を買い受けて育て、読み書きと商売の技術を教えました。実父の名が不明である場合の当時の習慣によって、彼はイブン・アブディッラー(アッラーのしもべの息子)と名付けられましたが、出身地であるローマに因んで「ローミー」の別称でも呼ばれました。

前述の通り、ヤークートの母国語はアラビア語ではありませんでした。しかし幸運なことにヤークートを買い受けた主人は、どんな代償を払っても彼に知識や教育を身につけさせようとしました。彼を商売の優秀な片腕に育て上げ、その助けによって自分の商法や、また社会的地位をも向上させようと思ったのです。

ハマーの商人はヤークートを連れてしばしば商用の旅に出かけました。ヤークートは主人の期待を裏切らず、教育と商売の技術を身につけ、忠実に仕事をこなしました。主人はヤークートの賢さと信頼の置ける仕事ぶりを見て得心し、国外での商売を彼に任せるようになりました。

ヤークートが商用で国を離れていた西暦1199年のある日、彼の許に2つの重大な知らせが届きました。一つは主人であるハマー商人の死という悲しい知らせでした。そしてもう一つは、主人が死ぬ前に彼を奴隷の身分から解放し、自分の家名「ハマウィー」を彼に遺したという嬉しい知らせでした。そこでヤークートは自由の身となって商売から退くことを決意し、学問を求めてバグダッドへ帰国したのです。

知識を求めて新たな人生を踏み出したヤークートは、ある時旅の途中で一文無しになってしまい、アルマウスル(モスル)へたどり着きました。しかし幸運なことに、当時ハラブ(アレッポ)を治めていたアイユーブ朝スルタンの宰相、イブン・アルキフティー(西暦1172〜1248年)が、ヤークートに手を差し伸べました。イブン・アルキフティーは哲学者の宰相として知られており、学問や文学を愛し、学者を大変敬うことでも有名でした。こうしてヤークートはイブン・アルキフティーの手厚い擁護の許で「諸国辞典」を始めとする学問的著述を、生涯続けることができたのです。

2.学問的業績:

地理学の発展を双肩に担っていた当時のムスリム学者たちがそうであったように、ヤークートも、主に実験と観察という科学的手法によって、自らが著述する地理学的事象を確認して提示しました。そして更に、聖クルアーンとハディースからの情報を地上の事物の根拠として加えたことは、彼の手法の特記すべき点です。

ヤークートは「諸国辞典」の序で、彼以前の地理学者たちの名前と業績を記し、自らの辞典の著述法について説明しました。そして序の後の全5章は、地理学入門書と目されています。「諸国辞典」の中で彼は、次のような点を論じています;

1. 地球は球形であるということについての地理学的見地からの論説。そして宇宙空間に存在するすべての天体が、各方角からまるで磁石のように地球を引き合うことによって、地球の位置が保たれているという考え。
2. 各12星座の位置とその影響下にあるそれぞれの地域の位置に基づいて、世界を7つの地域に分割。また緯度によって北半球を7つの地域に分割。
3. 緯度や経度、またその他の地理学的・天文学的専門用語の解説。
4. 諸国の伝聞とその位置関係の説明に加え、イスラームに開国した国々の描写。

上記について著述した後、ヤークートはアルファベット順に整理された各国・各地域について記しています。その際彼は、各地域を様々な名称で紹介しました。
何故なら、イスラーム諸国は当時すでに大変広域に広がっており、その互いに遠く離れた地理的環境から、一つの場所が様々に異なる名称で呼ばれているのが現状だったからです。そのため彼はかねがね、広大なイスラーム諸国に散在するムスリムたちが、異なる名称で呼ばれている各地についてよく知り得るために、それらすべての通称を記し、その上、その正確な発音にまで言及した辞典の必要性を感じていました。そこでそれらの条件を満たした辞典を著す決意をし、この書に「諸国辞典」という、その中身を正確に表す名前をつけたのです。その序文の中で彼がこう言っているように。「これは、国々や山谷、村や集落、海や河川に関する書である。……」

ヤークートは地理学書の他にも、イスラーム文明や歴史に係わる多くのテーマ研究を提示した「人名辞典」を遺しました。この辞典も情報の豊富さとその秀でた整理手法において、「諸国辞典」と同様の高いレベルを示しています。


執筆: サルワ サラーマ

 

(→バックナンバー
(→週刊アラブマガジンのトップ


 
↑UP↑

前に戻る


アラブマガジンへもどる

 

アラビア語カフェ | アラブ イスラーム学院 | サイトマップ | ヘルプ



2004年 アラブ イスラーム学院