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【代数学の父】
 

アラブの偉大な科学者の一人、アルフワーリズミーについて紹介しましょう。

1 出身と学問的背景:

正式名はアブドッラー・ビン・ムハンマド・ビン・ムーサー・アル=フワーリズミー。現在のウズベキスタンとトルクメニスタンにまたがるフワーリズム(ホラズム)地方の出身であることから、アルフワーリズミーと呼ばれました。

アルフワーリズミーは西暦785年ごろに生まれた、数学、地理学、天文学におけるアラブの著名な科学者の一人です。彼は、偉大な学問擁護者として名高いアッバース朝のハリーファ、アルマームーン(809−833年統治)の擁護の下で、さまざまな研究をしました。アルマームーンは、学問書を著したすべての者に対し、その書と同量の金をもって報いたと言われています。

当時アッバース朝の中心であったバグダッドには、「知恵の館」(バイトゥ・アルヒクマ)と呼ばれる学問研究所のような機関がありました。アルフワーリズミーもその「知恵の館」における多くの研究に携わり、それによって学問的高位を得、西暦847年に没しました。

2 学問的業績:

アルフワーリズミーは世界的に著名な数学者ですが、彼に大きな名声をもたらした最大の業績の一つに代数学書「アルジャブルとムカーバラ」の著述があります。この書はのちに多くの言語に翻訳されましたが、原題にある「アルジャブル」というアラビア語はほぼそのままの形で現在まで残り、algebraアルジェブラ(代数、または代数学)という数学用語となっています。

また現在使われている「アルゴリズム(計算手順)」という言葉も、アルフワーリズミーの著書が後にラテン語に訳される過程で、彼の名がなまって伝えられたことに由来しています。アルゴリズムはコンピュータープログラミングの世界で、「問題を解く手順」として始終使われる言葉です。

このようにアルフワーリズミーは、代数学と算術の基礎を築き、のちの数学の発展に大きな影響を与えたアラビア数学の象徴的存在なのです。アルフワーリズミーの数学者としての研究は、地理学や天文学の分野でも生かされました。

彼が携わった「知恵の館」における実験や研究の中には、地球の円周の測定もありました。この実験には実に多くのムスリム科学者たちが参加し、その結果は実際にごく近いものだったといいます。

地理学におけるアルフワーリズミーの大きな業績は、「地球の姿」の著述です。この書の中で彼は、都市や山、海、川、島…といったさまざまな地理的事物の名を整理して示し、緯度によって世界を7つの地域に分け、また多くの天文表を提示しました。

アルフワーリズミーの作成した地図の一つに、黒海の北に位置するアゾフ海を示すものがあるのですが、それは現在の標準的な表記法と同じく、北が地図の上部に設定されており、当時の地理学では大変独自なものでした。

数学における彼の優れた著書同様、彼の地理学書「地球の姿」は、後にヨーロッパの学者たちに大きな影響を与えました。特に経度と緯度についての記述から、彼らは多くの学問的利益を得たのです。しかしその影響は、時代的には直接的なものではありませんでした。アンダルスのアラブ・ムスリム天文学者アルザルカーリー(1029−1100)が、11世紀に作成した天文表「トレド表」の中で、まずそれらの記述が用いられ、後にそれがラテン語に翻訳されてから、ヨーロッパの学者たちにも用いられるようになったのです。


執筆:サルワ サラーマ

 

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