読者の声
 

【パレスチナ難民の生と死を見つめて】
 

先日、『パレスチナパレスチナの子供の里親運動20周年記念講演』が外苑前にある寺で行われた。結成されて20年。1984年9月に発足したこの会の趣旨は、パレスチナの地にイスラエルが建国されて以来、離散生活を余儀なくされているパレスチナ人、特にレバノン国内の難民キャンプで厳しい生活を強いられているパレスチナ人の子供たちを自立するまで物心両面から支えていくことだと言う。

この会の発足者であり、顧問を務める広河隆一氏の講演は単なる会員を募る為の勧誘ではなく、今のパレスチナ難民が置かれている問題をリアル且つ淡々と語った。フォトジャーナリストとして世界各国の現場を歩き、パレスチナにも何度も足を運び、彼らの言葉を聴き、戦争の現場を目の当たりにし、それを写真のみならず多数の著書でも訴えてきた彼の言葉は、一言一言、重く胸にのしかかる。

パレスチナ難民キャンプに入った時に、ある父親に言われた言葉があるという。「何故もっと早く来てくれなかったんだ!もう一ヶ月早く来てくれれば、息子は殺されずに済んだのに…」 。ジャーナリストが入れない場所では必ず見られては困ることが行われていると言うのが彼の持論だ。未だ、イスラエル軍が包囲し連日のように人が殺されている。パレスチナ人が殺されない日はない。しかし、悲しいかな、日本の新聞の一面がそれを飾ることはない。9.11以降、被害者の姿は徹底的に報道されなくなった。自分達が加害者でない錯覚さえ覚える今の報道のあり方を、広河氏は問う。

『パレスチナ問題は、日本人にとって、決して遠い問題ではないんです』と語ったのは、京都大学の教授でもあり、アラビア文学にも深い、岡 真理氏だ。彼女自身3人の子供の里親でもある。日本という国が日本の抱える問題に向き合わず濁してばかりいるからいけないのだと批判する。レバノンの難民キャンプでの虐殺事件を例えば、それは日本の関東大震災での朝鮮人虐殺事件であり、従軍慰安婦の問題であり、沖縄の米軍が起こした少女の暴行事件を指す。実際、ニュースにあがって成る程と思う事はあっても私自身、それをどうしたらいいのか、掘り下げて考える事はなかった。

『大きくなったら、自爆します』。里子から届く手紙に時々、こんなのがあると言う。将来、何になりたいとか、そんな可愛いものではない。こんな言葉を吐かせてしまう環境とは何だろう。冗談とも本気とも思えないそのセリフに、私は胸ぐらを捕まれた気がした。他人事にしてはイケナイ、これは、私たちの問題なのだ。

会場の脇に設けられたテーブルには、里子から届いた手紙や写真、クレヨンで書かれた絵も展示され、広河氏の講演の中ではスライドも上映された。この会が経済的支援だけでなく、距離こそ離れているけれども確かにちゃんと繋がっている事を示していた。

パレスチナ問題と呼ばれる問題の根源は、何処にあるのか。一体、誰の誰に対するどのような不正があるのか。私達はこの問題をどのような問題として認識しているのか。誰の側に立つのか。世界中で起きている出来事はすべて自分と無関係な処で起きている訳ではない。日本が補給した燃料を積んだ爆撃機が何を崩壊し、何を破壊しているのか。他人事ではない。改めて、これらの問題とどう向きあうべきか。どういうスタンスで、これらの問題を考えるのか。新聞やテレビの報道がすべて正しいと言い切れない。報道されない事実の裏があると言うことを我々は知らなくてはいけない。それには、まず今、何が起きているのかを知る事から始まる。

執筆:進藤 葵

 


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