読者の声
 

【イラク選手との出会い その3】
 

スポーツは報復のない戦いである。勝敗は、プレーをする選手が決めるものに違いない。彼らに与えられた試練を乗り越えるのは、彼ら自身の役割なのである。
試合後、ホテルに戻ってまた少し選手たちと話をした。私は選手たちに、今日の試合は残念だったね、と言うと、「えっ、何が?まぁ、あんなもんじゃないの?」と、平然と笑って答えた。
そして、国立の90分間でも燃焼しきれなかった体を、ホテルの周りをダッシュすることで解消させていた。試合は負けても、精神的に彼らは日本代表チームを圧倒していたと、私は強く感じた。日本代表の司令塔、中田英寿をどう思うか聞いてみた。すると意外な返事が返ってきた。「すごい有名みたいだけど、実はよく知らないんだ。本人と喋ったこともないしね。」

個人的に高原ファンの私は、同様に質問した。「高原はアジームン(偉大)な選手だよ。すばらしい選手だと思うよ。」
中田は知らなくても、ドイツ人の監督を持つ彼らにとって、高原は注目する存在なのかもしれない。「高原選手の動きはハヤワーン(動物)みたいじゃない?」と質問してみた。「ぎゃははっ(笑)その通り!!」
そのあどけない笑顔は、ごく普通の少年と変わらなかった。以前、イラクへ行ったことのある友人が、現地の子供に「タカハラ〜タカハラ〜」と言われて追いかけられた、という話を思い出した。
それからも、束の間の会話を私たちは楽しんだ。翌日早朝、彼らは疲れを癒す間もなく、W杯ドイツ大会アジア予選第一戦へ向けて、ウズベキスタンへ旅立っていった。別れの挨拶をするために、私は自宅から、まだホテルにいる彼らに電話を入れた。空港まで見送ることはできないが、この3日間の出会いと感謝の気持ちを伝えた。
「僕達も心から感謝している。そして必ず、僕達はまた再会するだろう。インシャーアッラー(もし神が望むのならば)イラッリカー(また会う日まで)…」

戦争の終わりが見えない国イラク、その国からやってきたサッカーの戦士たちの明るさと希望、誇りは、私の心に焼きついて離れない。予選リーグ1位で勝ち上がれば、イラクが再び日本と戦う可能性は十二分にある。その時、"ドーハの悲劇"が"国立の悲劇"に変わることもあるかもしれない。2006年のドイツ大会に向けて、彼らの戦いはまだ始まったばかり。アジア予選第2組の顔ぶれは、イラク、パレスチナ、台湾(チャイニーズ・タイペイ)、ウズベキスタン。それぞれに、自分たちのナショナリティーを胸に秘め、必死にサッカーで戦っている。一日も早く中東の和平が確立され、戦争がこの世からなくなることを祈りつつ、世界のサッカー戦士たちのフェアな戦いを、これからも見守りたいと思う。

執筆:渡辺マイ

                

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