クルアーン道
 

【身だしなみ】
 

至高のアッラーはアルアアラーフ章26節、31〜32節で仰せられました。
『アーダムの子孫よ、われは、恥ずかしいところを覆い、また飾るために衣装をあなたがたに授けた。だが篤信という衣装こそ最も優れたものである。これはアッラーの印である。恐らく彼らは諭されるであろう。』

『アーダムの子孫よ、何処のマスジドでも清潔な衣服を体につけなさい。そして食べたり飲んだりしなさい。だが度を越してはならない。本当にかれは浪費する者を御好みにならない。言ってやるがいい。「アッラーがしもべたちに与えられた、かれからの(賜物)や、食料として(与えられた)清浄なものを、誰が禁じたのか。」言ってやるがいい。「これらのものは、現世の信仰する者たちのためのものであり、特に審判の日には完全に信者の専有するものとなる。」われはこのように印を、理解ある人々に解明する。』

清潔な衣服を身に着けたり着飾ることは人間の本質ですから、イスラームはあらゆる時においてそれを許された合法のものとしました。また人々が一箇所に大勢集まる機会(イードや集団礼拝)においては、他の人に嫌な思いをさせないように、それを義務としました。

アッラーは人間を他の全てのアッラーの創造物とは区別し、人間にのみ理性と意志と責任を与えました。そのほかにも人間特有のものがありますが、衣服を身に着けたり着飾ることは最も重要な人間の特徴の一つです。衣服を身に着けることは文明の一つの顕れなのです。アッラーは人間に、衣服の材料となる毛や綿や絹などをこの世に存在させました。そして人間が衣服の作り方を知ることができるように導きました。衣服は人間が生きていく上での必需品なのです。

ムスリムはいつも清潔な格好で、口を開けば善い言葉を語り、人々を愛し人々から愛される存在なのです。アッラーはアッラーが人間に与えた善いものを節度を持って楽しむことを許可しました。節度を越えた浪費はイスラームでは禁じられていますが、体や衣服を清潔にすることを怠ったり、清貧であることを求めてボロボロの衣服を着ることはイスラームから来るものではありません。しもべがアッラーから与えられた恵みを利用するのを見ることをアッラーは好むと言われています。

着飾り方においては人を誘惑するようなものでなければよく、無駄遣いをしないで服装を工夫することは禁じられてはいません。預言者ムハンマドは「少しでも信仰があったものは地獄には入らない。少しでも高慢な気持ちのあるものは天国には入らない。」と言いました。すると男が言いました。「アッラーの使徒よ私は清潔な服を着て、髪の毛も整え、新しいサンダルを履くことを好みます。これは高慢さに含まれるのでしょうか?」すると預言者は言いました。「いや、それは美しさである。アッラーは美しい御方で美しいものをお好みになる。高慢な者とはとは真理を蔑ろにし、人々を卑下する者である。

イスラームではアッラーがしもべに許した善いもの・美しいものを禁じてはいません。極端な者たちがアッラーが合法としたものを禁じる場合がありますが、そのことをアッラーは厳しく禁じています。全ての人々はアッラーからの恩恵によって美しく着飾ることを許されています。しかしアッラーからの恩恵に対して感謝することは義務であり、アッラーへの崇拝行為の一つでもあります。アッラーの恵みを利用する者がアッラーに感謝すれば、その行為はただの慣習から崇拝行為へと変化し、その行為はアッラーに受け入れられるでしょう。

執筆:ヌーラ アッダハマシ

                

(→バックナンバー
(→週刊アラブマガジンのトップ


 
↑UP↑

前に戻る


アラブマガジンへもどる

 

アラビア語カフェ | アラブ イスラーム学院 | サイトマップ | ヘルプ



2004年 アラブ イスラーム学院