アラブの詩を楽しむ
 

【アルムタナッビー2】
 

彼はサイフッダウラ・アルハムダーニーを褒め称え言っている……

『この時代の、または後世の者たちすべてが私の詩の語り手たちだ
私が詩を口にすると各時代に生きる者たちがその詩を人びとに伝え歌う
私の詩に対して報奨を与えてくれ
それによって私の模倣者たちが同じようにあなたを誉めやって来るのだから
だから私の声以外の声を捨ててしまえ
私は美しく話す鳥で他の者はそれを返すやまびこにすぎないのだから』

そのため彼は彼の前に現われる卑小な同時代のいかなる詩人をも相手にしなかった。そのため卑小で弱々しい詩人は彼の詩の中で嘲笑以外にはならなかったのである。

『毎日私の歯の下に卑小な詩人がいる
弱いにもかかわらず私に対抗し、息が短いのに長く見せようとしている
私の舌は沈黙し、彼に対して公正である(彼のことは相手にもしていない)
私は彼への礼儀から黙っているが心の中では嘲笑っている』

彼は支配者たちやカリフたちの中から彼が誉める者への要望・請い・接近の場においても「私は」と言っている。

『私は隠すことなくあなたに私の満足を見せます
私は自分自身に対してもあなたに対しても満足していない
あなたは私の微笑を要望と幸福だと思うが
私は(自分より低い者に対して向けられている)自分の要望を笑っている
私の心・理性は王のように気高い
たとえ私の舌が私を詩人のように見せていても』

またエジプトを出発し故郷であるイラクへの道中彼は自分自身について言っている。

『エジプトとイラクにいる者たちよ、
諸都市にいる者たちよ、私こそ男の中の男だということを知れ
私は約束を果し、高貴で自分に対するどんな不正も許さず
私に不正を働く者には勇敢に立ち向かう』

そして彼は自分の戦時中の勇敢さ、そして真珠とサファイヤから作られる彼の言葉の詩の美しさについて言っている。

『私はきらめく切れ味のよい剣に近い地位をもち(勇敢であることを意味する)
言葉は真珠とサファイヤからなる』

そして彼は自分自身の寛大さと自分に課した決定を褒め称え言っている。

『私は自分に課した。もし私の理性に許可をあたえたとしても
それは寛大であるだろう、それがすばらしいのは、私自身がすばらしいからだ。』

そして彼は彼の高貴さ・正直さ・血筋の良さと自分自身を褒め称え言っている。名は名づけられた人に相応しいとは人々の言うところである。

『私が人々を切望することを欲するのではなく、切望が私を欲するのである。
私は余計なことで頭を悩ますことなく、人々が自分によって振り回されるのだ。』

(アルムタナッビー3へ続く)


執筆:ジャマール ザイトゥーン
アラブ イスラーム学院講師

                                          

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