アラブの詩を楽しむ
 

【アルムタナッビー1】
 

今回の詩人は天才的詩人であり、近代においても彼を越えた者はいないといわれている、古典アラブ詩のリーダーであるアブッタイイブ・アルムタナッビーだ。彼の研究に携わる専門家・批評家は約1000人おり、長編の著書や分厚いシリーズものがある。

アルムタナッビーは妥協を許さない優秀な詩人であり、正則アラビア語を流暢に使いこなすすべての詩人たちの先駆者である。自分自身に誇りを持っていた彼の詩の多くは「私は」という言葉で始まり、自身に付いてよく語っている。例えば……

『私は詩人たちの先駆者であり、
 アラビア語の担い手たち(文学者・学者たち)を導く者である』

また次のように言った……

『私はアッラーが知った共同体の中で異質な存在である。
サムードの民の中のサーリフのように』

また次のように言った……

『民が私に栄光を与えたのではなく私が彼らに栄光を与えた
私の誇りは自分自身によるもので祖先によるものではない
アラブ人たちは自分を誇りとするが私は彼らを誇りには思わない
私は罪人にとっての助けであり、私は追放者の助けである。』

それ故彼は自分の血筋・家族・部族について問われるとこう言った。

『私は諸部族を無関心に歩き、たった一人で谷を行き来する。部族に属すれば、彼らに敵対する他の部族が私を捕らえることから安全でなくなる。誰にも属さないでいるからこそ私の人生は平安であり彼らも私の舌をおそれるのだ。』

彼は自分に自信があり、また自由自在に操ることのできる正則アラビア語に自信をもった詩人だった。それ故彼の言葉は次のところまで達したのだ。

『私は目の見えないものに私の文学を見させ
耳の聞こえない者に私の言葉を聞かせた。
私は文法的な間違いを気にせず安らかに眠り、
他の者たちははそのために夜更かしし、論争している。』

彼は想いを寄せる人に会いたいのだが会える望みのないときの弱い立場にあっても「私は」と言い、それを繰り返している。

『愛しい人と会う希望のある者は
それが無い者とは違う
遠のくことは彼女を見つめつづけること以上に私を苦しめる
私は溺れているのだから今更水に濡れることを恐れるだろうか』

彼こそ彼自身と彼の詩に関して人びとがいまだに語りつづけ、人びとが学んでいる詩人なのである。

(アルムタナッビー2へ続く)


執筆:ジャマール ザイトゥーン
アラブ イスラーム学院講師

                                          

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