イスラーム初期の教友であるアブ−ザッルの詩です。
教友(サハ−バ)のアブ−ザッルは偶像の前を通りました。彼はその偶像が水で濡れているのに気付き、狐が偶像の上で用を足し、偶像は自分を守ることも狐がそうするのを阻止することも出来なかったことを知りました。そこで彼は言いました。
『2匹の狐がその頭に用を足す神よ
狐どもは用を足して、その者をおとしめた
もしそれが神であるならば自分の身を守っただろう
狐が冒涜できる神にはなんの価値もない
私は偶像たちとは無関係となり
勝利者であるアッラーを信じた』
アブ−ザッルはこの詩の中で偶像を嘲笑する前に自分自身を嘲笑しています。というのも彼はイスラーム以前、同じく偶像を崇拝し、犠牲を捧げていたからです。
いったいなぜ益も害もない、そして災難から自分自身を守ることもできないただの石ころに犠牲を捧げるのでしょうか。
その石は、益にも害にもならず聞きもせず話しもせず、何も作らず命令することもできません。なぜならば、その石は人間が製造した物だからです。いったい自分たちで何かを造り、その後で造り上げたものを崇拝することができるのでしょうか…? そのときからアブ−ザッルは質問や驚きについて注意深くなりました。そして造られた神と創造主である神について、人間が作った偶像とその偶像を崇拝している人間たちを比較するようになりました。そして言いました。
「私は地上にあるすべての偶像とは無関係である。敵を倒すアッラーこそが勝利者であり、宗教(イスラーム)を勝利させる神だと信じている。」
このアッラーの御名とは神聖な言葉であり、アッラー以外にはこの神聖さをあらわす言葉は使われません。このアッラーの御名は唯一性を表し、彼に並ぶ者がいないことを示しています。なぜならばイスラーム以前の他の文明の人々は、酒の神・愛の神・美の神・英知の神・戦いの神・詩の神……などと言い、その神たちを男性や女性と性別をつけていたのです。
しかしアッラーは自ら『アッラー以外に神は無く、彼は生きとし存立するものだ』と仰りました。そこでアブ−ザッルは「2匹の狐たちがその頭上で用を足す神よ」と言っているのです。
そして自分自身に問いかけています。「もしそれが神であるならば自分を守るだろう。」と。この時からアブ−ザッルは信仰心とイスラームへの帰依、自分自身をアッラーへ帰依させるよう導かれたのです。アッラーは敵を倒し、イスラームを勝利させるのです。
執筆:ジャマール ザイトゥーン
アラブ イスラーム学院講師 |
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