巡礼物語
 

【石投げ・屠畜・散髪】

石壁 互いに剃髪しあっている



 巡礼月10日は忙しい日になります。

 まずはその前夜からは、ムズダリファでの野営を済ませます。これは巡礼の柱 ではなく、義務になっています。冬の間は、是非とも毛布か寝袋が必要です。

 そして日が明ける頃から、ミナーにおける石投げが始まります。大きな壁に向 かって小粒の石を7個投げて、シャイターン退治をします。そのシャイターンは 自分の心の中のものも含めてです。これも預言者イブラーヒームが息子イスマ イールをアッラーの命により犠牲に付そうとしたときに、シャイターンがつぶや いて気持ちをぐらつかせようとした故事に因みます。

 11日から12日、あるいは13日までは、三箇所の石壁に石投げをします。 かつては石の柱があって、そこへあまりに興奮した人たちが集中したので、事故 が多発しました。現在はこの石柱は撤去されました。そしてその代わりに巨大な 三つの石壁となり、投げる場所はそれぞれ三階建てとなります。こうして一時の 圧死事件が繰り返されないように工夫が重ねられています。

 次いでは、屠畜です。息子イスマーイールを犠牲にするのではなく、羊の犠牲 でアッラーはよしとされたことに因んで行う儀礼です。現在は自分ですることは ほとんどなく、約100ドルを指定の銀行に振り込んでおきます。代行で屠畜し てくれるのです。

 そして犠牲終了の連絡があれば、ラクダ、羊、牛、ヤギなどの肉を支給してく れます。筆者は仲間の連中と一緒になって、初めてラクダの肉を食べましたが、 油が少なくてとてもおいしかったので皆様にもお知らせしておきます。

 順序としてはそれから次の散髪に移るのが正式です。但し犠牲終了の連絡はか なりずれますから、それを待たずに散髪、あるいは「大挙の回巡」へと進むこと になります。

 散髪は自分の体を犠牲にしてアッラーに奉る、帰順を表明する象徴行為です。 男性は剃髪が進められ、女性は束にした髪の毛の端を少々断髪します。現地では この日ばかりは、道端にもアルバイトの散髪屋が建ち並びます。安全剃刀を使用 するようにし、またあまり長髪をいきなり剃られるのは頭皮を切られる恐れがあ り要注意です。

 この散髪の終了で、イフラームの第一次解禁となります。つまり異性関係だけ は引き続き禁止ですが、それ以外は凡て平常に戻ります。服装もそうです。 シャーフィイー学派では、この散髪も巡礼の柱に数えています。また凡ての儀礼 が順序良く実施されることも柱に入れています。

 それからは、カアバ聖殿に戻って「大挙の回巡」を行います。またまたタワー フです。始めにしたタワーフは、「到着のタワーフ」といって名称が違うのです が、この「大挙の回巡」こそが大巡礼の柱とされるものです。小巡礼では「到着 のタワーフ」が柱となります。

 なおここで小巡礼と大巡礼の組み合わせについて、略述します。

1.小巡礼を先に済ませ、一端解禁してから大巡礼をする場合。
2.小巡礼に続いて大巡礼をする。
3.大巡礼だけをして、時間をしばらく置いてから小巡礼をする。

 最初の方式だと、到着の回巡、早駆け、大挙の回巡礼、早駆けとなります。第 二の方式では、到着の回巡、(早駆け)、大挙の回巡、早駆け、となりますが、 早駆けはどちらか一度だけです。第三の場合は、大挙の回巡、早駆け、また後刻 の小巡礼として、到着の回巡、早駆けとなります。

 日本からだとそう何回も巡礼できませんから、時間はかかりますが一回の巡礼 でしっかり堪能できる、第一の仕方が一番お勧めです。預言者の別離の巡礼は、 第二の方式だったのですが、それでも第一の方式が好ましいとされたという伝承 も残されています(但し伝承の連鎖は強くない由)。

 マッカ出発の直前には、「別離の回巡」をします。これは柱ではありません が、病気などの理由でもない限り、実施するのが普通です。但し女性で体調が整 わなければ、これは省略可能です。またマッカ滞在中、時間を見つけては自発的 にするのは、「慣行の回巡」といわれて、礼拝を多くするのと同じ原理です。


筆者:アミーン 水谷
アラブ イスラーム学院研究者

(2007年9月18日更新)

                

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