巡礼物語
 

【早駆け(サアイ)】

中に早駆けの回廊が見える



 巡礼中の柱になる儀礼の一つが、サアイです。

 この由来は、預言者イブラーヒームがアッラーの命令によってシリアに行って いる間のことですが、幼子のイスマーイールが喉が渇いて泣き叫んだときに、母 親のハージャルが水を求めて奔走したということです。その場所がカアバ聖殿の 横にあるサファーとマルワの二地点間で、約400米あります。当時結果として は、天使ジブリールが翼を地面に叩きつけて、水を出してあげたのですが、その 水が恵み多きザムザムの水でした。

 このように母親ハージャルの苦労を偲ぶ儀礼として、サアイが始められたので す。サファーとマルワの二地点間を3.5往復しますから、ほぼ3キロの行程に なります。

 サファーから出て70米ほど進んだ地点には、緑の印があり、そのまた70米 ほど先にも緑の印があります。これらの印の間では、ハージャルの心を惑わせる ために、シャイターンがささやいたので、彼女は早足で駆け抜けました。そこで 現在でも男性の巡礼者はそこでは早足とします。

 サファーの地点でもマルワの地点でも、カアバ聖殿のほうに向いて祈りをあげ てから回廊を歩み始めます。

 この儀礼の名称は全体で、早駆け(サアイ)というわけですが、実際に早足と するのは、男性のみでしかもそれは緑の印の間だけです。またハージャルにして も、暑くて長い行程の凡てを走ったわけではありませんでした。しかし儀礼の名 前としては、サアイ、つまり奔走し努力するという意味の言葉で呼ばれていま す。

 クルアーンには、サファーとマルワ両丘間の早駆け(サアイ)について、次の ようにあります。

「本当にサファーとマルワは、アッラーの印(宗教儀礼)のうちである。だから 聖殿に巡礼する者、または(小巡礼のためにそれを)訪れる者は、この両丘をタ ワーフしても罪ではない」
(雌牛章2:158)

 最後の「罪ではない」という表現から、早駆けは行わなくても良いのではない かという疑問がイスラーム初期より出されましたが、そうではありませんでし た。と言うのは、早駆けがイスラーム以前には偶像神の名において行われていた ので、それはもうしないほうが良いのではないかと考えた人が少なくなかった、 という事情が背景にあったのでした。

 そこで啓示が降りて、そうではなく、両丘のタワーフ、つまり早駆けは罪では ない、という表現で表されたということです。そして事実それは、預言者ムハン マドの時代より巡礼の柱の一つとなりました。

 今ではこのサアイの回廊も聖マスジドの一部になっており、三階建ての回廊で す。巡礼時期には、どの階もすごく人で一杯で思ったような歩行ができないほど です。しかしこの苦労も巡礼の一部ですから、仕方ありません。

 サファーとマルワという地名の語源は次の通りです。それはアーダムがサ ファーを、その妻ハウワーがマルワを訪れたのですが、アーダムはアッラーに選 ばれた人、ムスタファー、であるのでその音である(ム)ス(タ)ファーから 取ってサファーになった、そしてハウワーは婦人、マルア、ですから、その音か らそのまま取られてマルワになった、と言うことです。

 確証は無いようですが、いかにもこの土地柄に合った説明振りだと感心させら れます。ただし辞書的にはサファーは滑らかな石、マルワは白い石、という意味 です。

 早駆けの勤行は今も昔も大変な混雑の中で進められます。でも有り難くも、厳 粛な経験であると、12世紀、アンダルシアの大旅行家イブン・ジュバイルが 語っているのを見てみましょう。

「サアイを行う男と輿(みこし)に乗ったままサアイを行う女でごった返してい るのを見た。われわれは人込みの中で、しかも輿が衝突し合うので、彼女らの輿 の間か、ラクダの足の間にしか身の置き所がなかった。

 われわれはこの世の最も不思議な夜を見た。それを見なかった者は語るに足る 驚異を見なかった者と同じであり、その人数の多さはあたかも復活の日に集めら れた大群衆の光景に匹敵するものである。

 一同はイフラームの状態に入り、アッラーの思し召しに応じ、至高至大なる神 に謙譲の念を示しながら祈っていたのである。また、その夜には道の両側にある 聖なる山は、こだまでもってかれらに応じ、そのため、耳は聞こえなくなり、そ の光景の恐ろしさの余り、涙が流れ、謙虚な心も溶けてしまうのである。」(注)

 これが12世紀末の模様でしょうか。そんな昔とは思えないほどに生き生きと イメージが浮かび、それはもう時空を越えているとしか言いようがありません。

注:イブン・ジュバイル、『旅行記』関西大学出版会、平成4年、第110ペー ジ。


筆者:アミーン 水谷
アラブ イスラーム学院研究者

(2007年8月21日更新)

                

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