心の走馬灯
 

【心に残る人達(PLOと日本駐在のアラブ大使)】
 

今回はPLOの関係者、それからそれとは関係ないのですが、東京駐在のアラブ大使で印象に残っていることを書きます。

まずPLOの外務大臣になったナビール・シャアス氏は、好人物で日本人にも友達が少なくありません。日本にも何回も来ています。カイロにあった彼のオフィスは暗くて汚れていましたが、逆ににっこりした時に彼の白い歯が光っていたことが、強い印象として残っています。世が世なら立派な文化人になっていても不思議のない風格ですが、その温厚な人柄でもって、騒擾の多いパレスチナの現場を仕切れるのだから、大したものだということで、感心もさせられました。アラファト議長もそうですが、彼らはもともと荒くれだっているわけではなく、柔和で人懐っこいのが本性なのだと思っています。

現在はPLOのワシントン駐在代表をしているはずの、アブドルラフマーンさんも温厚を超えて、お人好しです。彼がトルコ帽をかぶっていると、まるで東京凡太といった調子です。楽しい人柄なのです。こんなあり方を見ていると、早くパレスチナ本来の生活と文化を取り戻してほしいと願う気持ちが自然と湧いてくるのを感じます。

次は、東京に駐在しているアラブ諸国からの大使のことです。アラブの外交官とも何人か知り合いができましたが、その機会としてはレセプションで会ったり、モスクで知り合いになったりする事が大半です。その中に日本語の出来る人達も少しはいますが、でも一般的にはとても日本を熟知するまでには至っていないのが現状だろうかと思います。

その一つの原因は、日本以外に韓国、中国や更には東南アジア諸国などを兼任しているので、日本に居る期間が限られているという場合もあります。こうなると日本を良く知ることなど、もともと難しいケースです。そこで数年前、何人かまとまって北海道に連れていくことになったのです。東京が日本だと思っていたらしく、日本にこんな広いところがあるのかと言っては驚き、緑に包まれていると言っては歓喜していました。

仕事に追われた結果、駐在する東京だけが日本と思われたのでは、はじまりません。東京が好きになっているアラブ人は、少数派ではないでしょうか。日本は生活がしにくい所だというのが、偽らざるところでしょう。大切なことは、こちらがアラブのことを知るばかりではなく、双方向の接近が互いの紐帯を強めるのは当然です。北海道ではしゃいでいるアラブ人外交官を見て、こんな心と心の繋がりが、これからの財産だと痛感させられました。その舞台は意外と東京の外ではないのかな、とも実感しました。

石油ばかりがアラブじゃない、とはよく言われますが、コンクリートのビルだけが日本ではないのです。人に残るものは心の映像だとすれば、アラブの人たちにはどのような映像を持ってもらうようにすればよいのか。彼らの心の走馬灯にどのような影絵を描けばよいのか。アラブの大使と旅行してみて、こんな課題が頭の中を巡り始めたのでした。


執筆:アミーン水谷
アラブ イスラーム学院研究員


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