預言者たち
 

【預言者ムーサーとハールーン その2】
 

町から男がやって来てムーサーに忠告したのは、昨日の罪に対する懲罰としてムーサーが殺害されるのは妥当でないと知っていたからでした。ムーサーは誤って一人の男を殺してしまったのですから、その懲罰はどんなに重く見ても禁固刑であるべきです。しかし、ムーサーがイスラエル人であるために、また誕生したすべての男児が殺された年に彼だけが救われたために、彼を憎んでいたらしいエジプトの首領や貴族たちは、この件がムーサーを無き者にしてしまう良い機会だと思いました。彼はエジプト人を殺したのだから死刑に相当するのだとして。

ムーサーは、「主よ、不義を行う者たちから私をお救い下さい。」と祈りながらすぐにエジプトを発ち、ファラオの城へは行きませんでした。着替えもしないまま、食べ物も持たず、旅の支度もしないで旅立ちました。自分を運んでくれる乗り物の家畜さえ持たず、またキャラバン隊にも加わりませんでした。
信者の男がやって来てファラオに気をつけるように言い、すぐにエジプトを出るよう忠告したので、彼はただとにかくエジプトを出たのです。

ムーサーは道なき道を選んで行き、真っ直ぐ砂漠に入って、そこに向かうようアッラーが彼にお定めになった場所へと向かいました。彼はどこか特定の場所を目指していた訳ではなく、追われる身の心情でただ逃げ続けました。途中で靴も破けてしまい、彼は裸足のまま、木の葉を食べながら進み、やがてシュアイブの村マドヤンに到着したのです。ムーサーは、人々が家畜に水をやっている大きな井戸のそばに座って休みました。しかし彼は、ファラオが、背後に自分を捕える者を送り込んでいはしないかと、ずっと恐れていました。

ムーサーが羊に水をやっている羊飼いの集団に目をやると、そこには2人の女性がいて、自分たちの羊が男たちの家畜と混じらないように止めています。それを見てムーサーは、彼女たちには助けが必要だと感じました。そこで彼女たちのところに進み出て、何か手伝うことはないかと尋ねました。すると彼女たちの一人が言いました。
「私たちは羊に水をやるため、羊飼いたちが水遣りを終えるのを待っているのです。」

ムーサーが、「では何故あなた方は水遣りをしないのですか?」と尋ねると、もう一人の娘が、「私たちは男たちと混じるわけにはいきません。」と答えました。

彼女たちが羊の水遣りをしていることにムーサーは驚きました。羊の世話は力のいる大変な仕事なので、本来男たちがするべきだからです。

そこでムーサーはこう尋ねました。「何故あなた方が家畜の水遣りをしているのですか?」すると彼女たちの一人がこう言いました。「私たちの父はもう年老いており、毎日羊の水遣りに出かけられる身体ではないのです。」
それを聞いたムーサーは、「私があなた方のために水遣りをしましょう。」と言い、井戸の方へ向かい、彼女たちのために他の羊飼いたちと一緒に羊に水遣りをしました。

またある伝承によれば、羊飼いたちは自分たちの水遣りが終わると、大勢の男たちにしか動かせないような大きな岩を井戸の口に置いたのですが、ムーサーは一人でその岩を持ち上げて彼女たちのために羊の水遣りをし、岩をまた元通りに戻したと言います。それからムーサーは彼女たちの許を離れ、また木陰に戻りました。そしてすぐにアッラーを想念し、心の中でこう呼びかけました。

『「主よ、あなたがわたしにお授けになる、何か善いものが欲しいのです。」』(聖クルアーン・物語章:24節より)

先の娘たちが年老いた父親の許に帰ると、父は「今日はいつもと違って早く帰ったじゃないかね?」と尋ねました。そこで娘の一人が、「私たちはある親切な男性に出会い、彼が私たちのために羊の水遣りをしてくれたのです。」と言うと、それを聞いた父は彼女にこう言いつけました。「彼のところへ行って、『わたしたちのために水をやって下さったので、父があなたをお招きして、御礼したいそうです。』(物語章24節より)と言いなさい。」

娘の一人はムーサーのところへ行き、彼の前に立って父親の言葉を伝えました。するとムーサーは視線を地面に落としたまま立ち上がり、こう言いました。「私があなたの前を行きましょう。あなたは私に道を示して下さい。」

やがて2人は老人の許へ着きました。老人は食べ物をふるまい、ムーサーに、どこから来て、どこへ行くつもりなのかと尋ねました。
そこでムーサーが今までの自分のいきさつを話すと、老人はこう言ったのです。
「心配なさるな。あなたは不義の民から逃れたのです。(物語章:25節より)
この国はエジプトに従属してはいないので、彼らはここであなたのところへたどり着くことはないのです。」それを聞くとムーサーは安心し、その場を去ろうとして立ち上がりました。すると娘の一人が父親にこう耳打ちしました。

『「かれを御雇いなさいませ。あなたのために雇って一番善いのは、強健で誠実(な人物)です。」』(物語章26節)

そこで父親は娘に訊きました。「一体お前はどうして彼が強健だとわかるのかい?」と。すると娘は「彼は、大勢の男たちでしか持ち上げられない岩を一人で持ち上げたのです。」と言いました。また父親が、「じゃあ、一体お前はどうして彼が誠実だとわかるのかい?」と訊くと、彼女は、「彼は私が歩く姿を見ないように前を歩き、私の後ろを歩こうとはしませんでした。そして私が彼に話している間中、ずっと彼は慎みと礼節を持って、視線を地面に落としていたのです。」と言いました。

娘の話を聞いた老人はムーサーのところへ戻り、こう言いました。
「ムーサーよ、私はあなたが私の許で羊飼いとして8年間働いてくれるのなら、娘の一人と娶わせたいのです。10年間働いてくれてもかまわない。でもそれはあなたの好意からならば、ということであって、私はあなたに無理強いするわけではありません。アッラーが御好みなら、わたしが正しい人間であることが、あなたにも分かるでしょう。」するとムーサーはこう言いました。

「これは私とあなたの間の取り決めであり、アッラーこそ我々の取り決めの証人であられます。私が8年間過ごしても10年間過ごしたとしても。その後私には出て行く自由があります。」

ムーサーは、毎日羊の放牧や水遣りのために夜明け前に出かけ、仕事に専念しました。そして10年が経つとエジプトの情勢も落ち着いたので、ムーサーはエジプトへ帰ろうと思いました。そこで家族を連れて旅立ち、エジプトへと向かいました。

しかし月は積雲の塊りに覆われ、闇があたりを覆いつくし、雷電が激しくなりました。そして雨にも見舞われて寒さと闇は激しさを増していきました。
旅の途中でムーサーは道に迷い、火をおこすこともできずに、家族を抱えて寒さに震えながら困って立ち尽くしてしまいました。

その時、ムーサーには遠くの方で燃えている大きな火が見えました。彼の心は喜びで一杯になり、「あそこに火が見えた。」と家族に言いました。
彼は家族にその場に待つように言いつけ、その火の方へと向かいました。それで家族に何か知らせを持ち帰ることができるかもしれないし、誰か正しい道を教えてくれる人が見つかるかもしれないし、また家族を暖めるのに木を持ち帰ることができるかもしれないからです。

ムーサーは火の方向へと歩き出し、早く体を暖めようと急ぎました。右手には杖を持ち、トワーと呼ばれる谷まで歩きました。そしてその谷で奇妙なことに気付きました。そこには寒さも雨風もなく、静寂が広がっているのです。そこでムーサーが火に近付こうとするや否や、このように呼びかけられたのでした。

『「火の中にいる者、そしてその廻りの者に祝福あれ。万有の主、アッラーに讃えあれ。」』(聖クルアーン・蟻章8節より)

そして服従と恐れとで大地は揺れ、威力並びなきアッラーはこう呼びかけられました。

『「ムーサーよ、本当にわれはあなたの主である。だから靴を脱げ。今あなたは、トワーの聖谷にいるのである。われはあなたを選んだ。だから(あなたに)啓示することを聞け。本当にわれはアッラーである。われの外に神はない。だからわれに仕え、われを心に抱いて礼拝の務めを守れ。確かに(終末の)時は来るのであるが、それを秘めて置きたいのは、各人が努力したところに応じ、報いを受けさせるためである。だから、これを信じないで自分の欲望に従う者たちから遠ざかり、あなたを破滅から救え。」』(聖クルアーン・ターハー章11〜16節より)

それを聞いたムーサーは全身を震わせながら身をかがめ、靴を脱ぎました。それから神聖なる啓示を受け、自分に語りかけられる主の声を聞くと、その体の震えはより一層増したのです。

慈悲深く慈愛あまねく御方はムーサーに、『あなたの右手にあるそれは何か、ムーサーよ。』(ターハー章17節)と仰せられました。
そして彼が『「これは杖です。わたしはこれ凭れ、また羊のためにこれで(木の葉を)打ち落し、また、その外の用に供します。」』(ターハー章18節より)と答えると、『「ムーサーよ、それを投げよ。」』(ターハー章19節より)と命じられました。

ムーサーが杖を投げると、彼の驚きはひとしおになりました。その杖が、突然巨大な蛇に変わり、すばやく動き始めたからです。ムーサーは恐怖に勝てず、恐ろしさで体が震えるのがわかりました。彼は怯えてあたりをぐるぐると回り、走り出しました。するとアッラーは彼にこう呼びかけられました。

『「ムーサーよ、あなたは恐れてはならない。本当の使徒たる者は、われの前で恐れてはならない。」』(聖クルアーン・蟻章10節より)

それを聞くと、杖はまだ動いていましたが―つまり蛇はまだ動いていましたが―ムーサーはまたあたりを回り、やがて立ち止まりました。すると至高なるアッラーはこう仰せられました。

『「それを押えよ。恐れてはならない。われはそれを元のように返すであろう。」』(聖クルアーン・ターハー章21節より)

ムーサーが震えながら蛇の方へ手を伸ばして触ったとたん、それは手の中で杖に戻りました。
それからアッラーからの神命が再び下されました。

『あなたの手を懐に入れなさい。何の障りもないのにそれは白くなろう。恐れの念があるならば、腕を(両脇に)締め付け(れば落付くだろう)。』(聖クルアーン・物語章32節より)

そこでムーサーが手を懐に入れ、それから取り出してみると、それは月のように輝きました。
目の前で起こることにムーサーの興奮は益々高まりました。そしてアッラーに命じられたように手を心臓の上に置くと、今度は恐怖の気持ちが完全に消えていったのでした。


執筆:ヌーラ アッダハマシ


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