預言者たち
 

【預言者ユーヌス】
 

ユーヌスはその名をユーヌス ビン マッターと言い、イブラーヒームの子孫です。また彼は「鯨の主」とも呼ばれています。アッラーは彼をイラク北部のチグリス川を隔てたモースルの向かいにあるナイナワーの村に遣わしました。この村の人口は多く、彼らはアッラーを信仰してはいませんでした。そこでユーヌスは彼らのもとに行き、訓戒と忠告を行い、彼らをより善いほうへ導こうとしました。審判の日を思い出させ、業火を恐れさせ、天国を切望させようとしました。そして善行を命じ、アッラーだけを崇拝するよう彼らに呼びかけました。ユーヌスは自分の民に訓戒を垂れ続けましたが、誰一人として信仰しませんでした。ある日、ユーヌスは自分の民への呼びかけに諦めを感じ、彼らが信仰しないためユーヌスの心は彼らに対する怒りでいっぱいになりました。そして彼らのもとを離れることを決め、3日後には罰が下るだろうと警告して怒って出て行きました。怒りのままにユーヌスは海へ出かけ、荷物が積まれた船に乗り込みました。しかし自分の民のもとを去ること、あるいは彼らに対し諦めの境地に陥ることに関してアッラーからのお許しはまだ出ていなかったのです。

ユースフが村を出た時、大きな雲が村を覆い、人々はユーヌスが真実を述べていたことを知り、自分たちに罰が下されるだろうことを確信しました。そして彼らはアッラーに祈り始め、自分たちの預言者への仕打ちを後悔し、泣き叫び、自分たちの愚かさをアッラーの前で認めました。そして老若男女全員が涙を流しました。村の人口は1万人ほどでしたが全員がアッラーを信仰しました。そこで偉大なるアッラーはそのお力と慈悲により、被って当然であった罰から彼らを救ったのでした。

さてユーヌスは荷でいっぱいになった船に乗り込みました。間もなく海は荒れ、大きな波が船を襲いました。人々は「荷を軽くしろ!」と荷物を海へ放り出し始めましたが海はいまだ荒れ続けていました。すると人々はいいました。「何人かの人を海に放り出そう。」こうして船から飛び降りる人を決めるくじ引きが行われました。するとユーヌスがくじを引いてしまったのです。しかしユーヌスの誠実さは人々の間に知れ渡っていたため、再度くじ引きがおこなわれました。2度、3度やり直しても、かならずユーヌスがその役に当たってしまいました。ユーヌスは自分がアッラーのお許しなしに村を出たのが間違いだったのだと気付きました。人々はユーヌスを海へ放り投げ(あるいは彼が自ら海に飛び込み)、海は穏やかになりました。

アッラーに命じられた重大な任務のため鯨がユーヌスを飲み込みました。アッラーはこの鯨にユーヌスの肉を消化してしまわないよう、また骨を折ったりしないよう命じました。ユーヌスがどれくらいの期間、鯨の腹の中にいたのかということについて、クルアーン解説者たちは意見を相違させています。ある者たちは朝飲み込まれ、夜には出されたと言い、ある者たちは3日、あるいは7日、あるいは40日間だと言っています。真実はアッラーのみがご存知です。ユーヌスは鯨の腹の中で、そして鯨・海・夜という3つの暗闇の中で息苦しさを感じ、アッラーを称え、赦しを請い、自分が過ちを犯していたと言いました。

『かれは、われが自分を難儀させるようなことはないと思いながらも、暗闇の中で、「あなたの外に神はありません。あなたの栄光を讃えます。本当にわたしは不義な者でした。」と叫んだ。』(アルアンビヤー章87節)

アッラーはこの祈りを聞き入れました。

『かれが(悔悟して主を)讃えなかったならば、かれら(人びと)が(復活して)起こされる日まで、必ずかれは魚の腹の中に留まったであろう』(アッサーッファート章143−144節)

ユーヌスは鯨の腹から何も身に付けない状態でぐったりして浜に打ち上げられました。それからアッラーが瓜の木を芽生えさせました。学者たちはアッラーが瓜の木を芽生えさせたことアッラーの偉大なる英知によるものであると述べています。それは瓜の木の葉は柔らかいことこの上なく、葉は生い茂り陰を作り、蝿が近付くことはありません。そしてその実は、実がなり始めてから最後まで生のままや皮ごと、あるいは種が入ったまま調理して食べられます。これはアッラーの取り計らいと優しさだったのです。そして彼の健康が完全に回復するとアッラーはユーヌスが怒って放り出した民のもとへ彼を戻し、再び彼らにアッラーの崇拝を呼びかけ、また彼らの信仰はユーヌスが亡くなるまであり続けました。


執筆:ヌーラ アッダハマシ


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