預言者たち
 

【預言者ユースフ その3】
 

ある日王は夢を見ました。そこで会議を開き、側近の者たちに夢判断をしてもらおうと自分が見た夢を話しました。

『(エジプトの)王が言った。「わたしは7頭の肥えた牛が、7頭の痩せた牛に食われているのを(夢に)見ました。また穀物の7穂が緑で、他(の7穂)が枯れているのを見ました。首長たちよ、あなたがたが夢を解け得るならば、このわたしの夢を解釈して下さい。」』(ユースフ章43節)

しかし顧問たちと占い師たちは夢の解説をしませんでした。おそらく彼らは夢判断をしらなかったのでしょう。あるいは彼らはこの夢が悪い兆候だと知り、王にその解説をすることを恐れ、夢の解説が側近以外の者から語られることを望んだのでしょう。そのため彼らはこの夢は1つの夢ではなく、幾つもの夢が混ざっているため解説不可能だと言いました。

時がやってきました。王はユースフの意見が必要となったのです。

『凡そアッラーは御自分の思うところに十分な力を御持ちになられる。だが人びとの多くは知らない。』(ユースフ章21節)

ユースフは王の夢の解説を求められました。ユースフは夢の解説と引き換えに牢屋から出ることを条件とはしませんでした。何も言わずただ夢の解説をしたのです。またユースフは、単に夢の解説をしただけでなく、エジプトをやがて襲うだろう災難への対策をアドバイスしました。ユースフは王の使いの者に「エジプトはこれから7年の豊作を迎えるだろうから、人々はこの7年間に浪費しないようにするべきだ、というのも7年間干ばつが続き貯蔵物から人々は食べることになるからだ。そして保存する時は穂がついたままの状態で保存しなさい。これは腐ったり、虫がわいたり、天候がそれらに影響を与えないようにするためである。」と言いました。

こうして王の夢の解説は終わりました。そしてユースフは王の夢の解説に王が夢をみない1年が来るだろう、それは安楽の年で人々は農作物や水に恵まれ、葡萄はたわわに実り、人々はそれを搾って酒を作るだろう、そして胡麻とオリーブがよく育ち、人々はそれを油にするだろうと付け足しました。このほかの年とは比べ物にならないほどの豊作の年が王の夢の印であり、これこそユースフが与えられた特別な知識であり、使いの者は王と人々に吉報を伝えることをユースフに述べました。

使いの者は王のもとへ戻り、ユースフが彼に伝えたことを王に伝えました。これから起こることを予言し、その解決策まで教え、報酬を求めるでもなく、出獄を求めるでもないその囚人はいったい何者なのか?と王は非常に驚きました。

王はユースフを牢から出し、すぐに自分のもとに連れてくるよう命じ、王の使いは牢屋へ行きました。そしてユースフに王に謁見するためにすぐに出てきてくれるよう懇願しました。しかしユースフは自分の身の潔白が証明されるまでは牢を出ないと使いの申し出を拒否しました。そして言いました。

『「あなたは引き返して、あの手を傷つけた婦人たち(の心境)はどうなっているのか、主人に尋ねなさい。」』(ユースフ章50節)

そこで王は上流階級の夫人たちにユースフに何をしたのか問い詰めました。すると夫人たちは認めがたい真実を認めました。

『かの女たちは、「アッラーは完全無欠であられます。かれ(ユースフ)には、何の悪いこともないのを存じています。」と言った。』(ユースフ章51節)

そしてここで全てを明確に伝えるために女性が前に出ました。クルアーンにはアルアズィーズの妻がどのように罪を認めたのかを私たちに描写してくれます。

『「かれを誘惑したのはわたしです。本当にかれは誠実(高潔)な人物です。」』(ユースフ章51節)

これこそ彼女の罪の証であり、またユースフの無罪と高潔さと正直さの証なのです。

『「これはかれ(主人)に、かれの不在中わたしが決して裏切らないことを知らせ…」』(ユースフ章52節)

それからユースフが尊敬していた彼女の道徳が戻るための試みが為されました。

『「またアッラーが裏切り者の悪企みを決して御助けになられないことを知らせるためです。」』(ユースフ章52節)

そして次の一歩が進められるのです。

『「またわたし自身、無欠とはいえませんが、主が慈悲をかけた以外の(人間の)魂は悪に傾きやすいのです。本当にわたしの主は寛容にして慈悲深くあられます」』(ユースフ章53節)

クルアーンの節はアルアズィーズの妻がユースフの宗教に心を動かされ、彼の主を信じ、その宗教を信仰したことを窺わせてくれます。

そしてユースフの釈放と連行という王の命令が出されました。そして王はユースフの身の潔白を知った時ユースフに言いました。

『「今日あなたは、確かにわたしの側近である。高位につけられ、信頼されているのである。」』(ユースフ章54節)

そしてユースフは「財務の責任者にしてください。」と言いました。

このようにアッラーはユースフに地上で力を与えました。ユースフはエジプトの国庫と経済の責任者となり、大臣たちの中でも有力な者となりました。そしてユースフは国の様々なことを運営と多くの善い事を始めました。それから干ばつの年が始まり、人々の間に空腹が広まり、それはカナンの土地、つまりパレスチナまで到達しました。パレスチナの食糧は底をつき、エジプト以外の国々では食べ物の値段が高騰しました。そのころユースフは商人たちがそれを取り売ってしまわないように、庶民に駱駝の荷物を売っていました。

そしてユースフの兄弟たちが食糧を求めてパレスチナからやって来ました。ユースフは彼らに気づき、また彼らはユースフに気がつきませんでした。ユースフは自分が彼らの兄弟だとは明かさずにいました。

『その中ユースフの兄たちが来て、かれの前に罷り出た。かれ(ユースフ)はかれらを認めたが、かれら(兄たち)の方はかれに気付かなかった。かれは食料をかれらに与えてから言った。「あなたがたと同じ父親の、兄弟を1人わたしのもとに連れて来なさい。」』(ユースフ章58−59節)

この節から、ユースフが彼らが自分に親近感を持つよう仕向けたこと、そして彼らが誰と話しているのか思い出させようとしたのです。そして彼らには、父親がその子を愛するために別れることを良しとしない、同じ父親を持つ兄弟がいることを思い出させました。そして彼らの旅支度を整えた時「自分はその兄弟を見たい」と言いました。そして「私が正しく計量したのを見ただろう、その兄弟を連れてくればさらにあなたたちの取り分をやろうではないか、私が同僚たちのうち最も気前良いことはあなたたちも見ただろう。だからその兄弟については心配することはない、彼はすでに約束された歓待を受けるだろう。」と言いました。

『「あなたがたは、わたしが十分に計量したのを見なかったのか。それはわたしの最上の持て成しではないか。」』(ユースフ章59節)

兄弟たちは自分たちの年下の兄弟たちへの父親の執着を知っており、特にそれがユースフがいなくなってしまった後では簡単にはいかないだろうということを告げ、しかし自分たちは父を説得してみようと告げました。

『かれらは言った。「かれ(弟)に就いて父を納得させ、必ずそれを実行いたしましょう。」』(ユースフ章61節)

ユースフはこの時小間使いの少年に命じ、兄弟たちがそれを小麦とまぐさ(家畜用の餌)に変えるために持ってきた金貨や革製品などの当時市場で物々交換をするための商品を、彼らが国に戻った時に自分たちが持ってきた物だと気づくよう、彼らのもとに帰しておくように命じました。

兄弟たちはカナンの地の父親のヤアクーブのもとへ戻りました。そして駱駝から荷物を降ろし、商品の紐を解く前に父のところへ行き非難しながら言いました。「もし次回あなたが小さな弟を私たちに同行させなければ私たちに食糧はやらないとエジプトの高官は言いました。そして彼らの言葉を次の約束で締めくくりました。

『「わたしたちは(どんな危険があっても)必ずかれを守ります。」』(ユースフ章63節)この約束はヤアクーブの気に障りました。というのもこの約束はそっくりそのまま、彼らがユースフにした約束と同じだったからです!そこでヤアクーブは以前彼らを信用した報いがどうであったかを明らかにしました。

『かれ(ヤアコーブ)は言った。「わたしは以前にかれの兄(ユースフ)に就いてあなたがたを信用した以上に、かれに就いてあなたがたを信用出来ようか。だがアッラーは最も能く(かれを)守られる。かれこそは、慈悲深い御方の中でも最大の慈悲深い御方であられる。」』(ユースフ章64節)

さて、ヤアクーブの息子たちが手に入れた食糧などを取り出そうと入れ物を開けると、彼らはそれで必要な物を買うために持って行った品物と食糧が見つかりました。そして買う気がないことを示すのか、あるいは彼らに対する警告なのか、代金までもが戻されていました。彼らにとって代金をすべて支払うために再度エジプトに行くことは容易なことではありませんでした。そして息子たちは彼らの父親のもとへ急ぎました。

『「父よ、わたしたちは(この上)何を望みましょう。」』(ユースフ章65節)

彼らは自分たちはあなたに嘘をついてはいないのだと、代価が返されたということは、弟を同行させない限りはエジプトの高官は私たちに物を売る気はないのだと訴えました。息子たちと父親の話は続き、息子たちは父親の年少の息子への愛と過剰な心配は全員の利益を損ねることになり、また家計にも影響を与えるのだと、今度こそ私たちは弟をよく守るのだと言い、話しは父親が自分たちの力の及ばないことが起きた時を除いては必ず自分のもとに年少の息子を戻すよう約束することを条件に彼らに屈服した形で終わりました。そしてヤアクーブは息子たちにエジプトに入る時に一つの門から入らないように忠告しました。これは彼らが目を引き、盗みにあったり妬みに会うことを恐れたためでした。 (続く)


執筆:ヌーラ アッダハマシ


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