預言者略伝
 

【包括性と中庸さ】


 アッラーが預言者ムハンマド(平安あれ)を遣わされたのは、人の生活の凡て の側面を包括するイスラームを伝えるためであった。だからこの最後の宗教は、 アッラーが全人類のために降ろされたものであり、人が生活上、精神上必要とす る凡てを含む完璧な姿になっている。それは人の魂の服従であり、同時に社会的 組織、言動の指針、道徳上の原点なのである。言い換えればそれは、あの世とこ の世の教えなのだ。

 個人であれ集団であれ、その凡てに関する完璧な体系であり、凡ての状況に対 応するもので、人の凡ての問題とニーズを解決するものである。それは物質的か 精神的かは問わないし、一人であるか国や民族全体であるかも問わない。また 様々な関係を調整し、それは親子関係、夫婦関係、友人関係、裁く人と裁かれる 人の関係など、様々ある。

 またそれには根本的な原理もあれば、部分的なものもある。法律的なものもあ り、預言者ムハンマド(平安あれ)は善を示し悪を禁じられた。そして人を明瞭 でまっすぐな道に置かれて、夜でも昼のように道標で行くべき方向を示された。 それを外れる者は破滅し、それをよく守る者はイスラームの諸規定とその詳細を 知ることになる。

 それは素直な天恵の教えであり、人に関する事柄ではあるが人の特性を超えた 内容である。またそれは人が自らの努力と活動により、私的所有を望み自分を確 立する願望を広めると同時に、そうすることが他の人の利益にもなるようにさせ る。そこでは永劫の模範が示され、敬虔さと篤信を持って協力し、霊的鍛錬と礼 拝、断食、喜捨、巡礼などの勤行でもって答える。さらには根本的な宗教的願望 や主を必要とする感覚などをもって答える。それは創造主アッラーへの信奉であ り、信心であり、帰依である。

 こうして人の生活は、大きなものも小さなものも凡てがアッラーへの帰順とな るのである。寝ていても、飲み食いしていても、家にいても仕事をしていても、 工場にいても学校にいても、旅行をしていても座していても、いつも帰依するの である。

 クルアーンに言う。
『言ってやるがいい。「私の礼拝と奉仕、私の生と死は、万有の主、アッラーの ためである。」』
(家畜章162)

 預言者ムハンマド(アッラーの祝福と平安を)の生涯は、人の生活の全ての側 面を含むイスラームの教えを、実地で行くものであった。教えとその原則を忠実 に適用していった。それは全ての状況、条件、あるいは機会を通じてそうであっ た。

 つまりそれは次のような場合を含んでいた。信心への呼びかけ、友人関係、近 親者や縁者の関係、隣人の関係、優しい扶養者であり信頼される誠実な父親であ り主人である者と家族との関係、社会や国家の指導、政治、戦争、裁判、礼拝と 帰順、敬虔さと畏怖において、単純さと謙遜さ、人間性において、などなど。ま た飲み食い、結婚、贈答を受けること、着こなし、清潔さ、趣味の良さ、高邁な 精神、協力性など、いくらも挙げられる。

 ムスタファー・アッスィバーイーはその著「預言者の生涯」で言っている。 「要するに預言者(平安を)の生涯は、あらゆるケースを含んでいて包括的で あった。社会における人の全ての側面を持っていた。伝導に従事する人に取り正 しい模範となった。また指導者全員、全ての父親、そして夫であれ友人であれ、 養育者、指導者、大統領など全員の模範であった。……先達の人の中に、これほ どまでに包括的な例は、似たものさえないのである。それは歴史を通じて、宗教 を創始した人達、哲学者達も含めてである。」

 以上のようにイスラームとしての使命は、宗教とこの世を含む包括的なもので あった。政治、社会、経済、軍事などなどである。しかし大切なことは、それら は中庸であったと言うことだ。ものごとの中庸には、最良なものがある。なぜな らばそれは、穏当であリ全てにおいてバランスが取れているからだ。そこには過 剰もなければ過激もない。

 この原因は、中庸さは人を見るのに、それが体と心からなる存在としてみるか らだ。心を殺してまで、物質に溺れたり埋没したりはしない。心の要求を殺して まで、身体的な物的要求に走ることもない。そうではなく、それらの中庸を行く のである。アッラーが創造された人間の本性に従って、そうするのである。人と しての感性や完全性を達成するような定めが、心にも体にも備えられているので ある。それは天賦の公正さと中庸さに帰着する。

 クルアーンに言う。
「それであなたはあなたの顔を純正な教えに、確り向けなさい。アッラーが人間 に定められた天性に基づいて。」
(ビザンチン章30)

 また更に言う。
「このようにわれは、あなたがたを中正の共同体(ウンマ)とする。それであな た方は、人々に対し証人であり、また使徒は、あなた方に対して証人である。」 (雌牛章143)



筆者:ムハンマド・ハサン・アルジール
アラブ イスラーム学院長      

(2007年4月10日更新)

                

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