預言者略伝
 

【聖クルアーンは奇跡】


 色々の民族に使徒が送られたが、その使徒は神に支えられていることをはっき りさせるために、何らかの奇跡を起こすように差配されていた。それはその民族 の特性にマッチしたものでもあった。そこでムーサー(平安を)は、彼の民族は 魔術に長けていたので、杖を蛇に変える技をやってのけた。またイーサー(平安 を)は医術の方面で奇跡を起こした。負傷者や病人を治し、また死者を神の許し を得て復活させることもあった。

 預言者ムハンマド(アッラーの祝福と平安あれ)は明澄で説得的な言葉を使 う、言語上の奇跡を起こされた。彼の民族はアラブであり、それは能弁さと明確 さで知られていた。素晴らしい詩人や演説家は多数いた。つまり言わば、預言者 (平安を)の奇跡は、聖クルアーンであったと言える。それは「純粋明確なアラ ブの舌」(蜜蜂章103)に降ろされたのであった。

 聖クルアーンはアッラーの言葉であり、ムハンマド(平安を)の言葉ではな い。そこでアッラーは、そうではないと主張する人々に対して、それならば同じ ような言葉をもってくるがいいと、挑戦されたのだ。そうして聖クルアーンのよ うな調子の言葉を、人間の口から発することができるのか、と問いただされた。 しかしその様なことは、周囲の誰もできなかった。

 そしてアッラーは言われた。
「言ってやるがいい。たとえ人間とジンが一緒になって、このクルアーンと同じ ようなものをもたらそうと協力しても、(到底)このようなものを齎すことは出 来ない。」
(夜の旅章88)
また、
「彼がこれを偽作したと言うのか。いや、彼らは信じてはいないのである。」
(山章33)

 次いでアッラーは挑戦の度合いを低くされて、全体ではなくて聖クルアーンの 10章ほどでよいから持ってくるように言われた。
『またかれらは、「彼がそれを作ったのです。」と言う。言ってやるがいい。
「もしあなたがたの言葉が真実ならば、それに類する10章を作って持ってきな さい。またできるならあなた方(を助けることのできる)アッラー以外の者を呼 びなさい。」』
(フード章13)

 その後から今度は10章ではなく、どんなに短くてもよいから一つの章でも 持って来なさいと言われた。
『また彼らは言うのである。「彼がそれを作ったのですか。」言ってやるがい い。「それなら、それに似た1章を持ってきなさい。またあなたがたの言葉が真 実ならば、アッラー以外にあなた方を助けることのできる援助者に願ってみなさ い。」』
(ユーヌス章38)

それからアッラーは言われた。
「もしあなたがたがわがしもべに下した啓示を疑うならば、それに類する1章で も作ってみなさい。もしあなた方が正しければ、アッラー以外のあなたがたの証 人を呼んでみなさい。もしあなた方が出来ないならば、いやできるはずもないな のだが、それならば人間と石を燃料とする地獄の劫火をおそれなさい。それは不 信者のために用意さえている。」
(雌牛章23-24)

 確かに聖クルアーンは奇跡であった。人々はそれと同じか、それに類している もの、あるいはそのうちの1章さえも持ってこれなかったのである。さらには、 1章より短いものもだめだった。それほどに雄弁で明確な表現、言辞を発出する ことは出来なかったのであった。あるいは能弁でしっかりして、欠けた所や食い 違いのない言葉は出てこなかった。アッラーは言われた。
「もしそれがアッラー以外のものから出たとすれば、彼らはその中にきっと多く の矛盾を見出すであろう。」
(婦人章82)

 聖クルアーンの修辞法には様々ある。それらについてアッラーは人間に挑戦さ れたのだが、例示すれば次の通りである。表現方法、文体の調和、意味伝達の細 かさと内容の程度の高さである。包含する意味内容は豊かであり、アッラーしか その全容は捉えられないほどである。それは過去の情報と将来の情報、双方を含 んでいる。同時にそれは、アッラーしか知らない見えざる事柄についての情報も 含み、さらにはあの世の情報も入っている。

 それらは結局包括的な形でイスラームの法律を提供していることにもなる。そ れは公正と真実の上にたち、生活の利益を増進し、間違いのない真直ぐな道を歩 ませてくれるのである。それは同時に、間違ったものを背後ではなく正面から是 正する意味にもなる。人の心は真直ぐになり、その精神生活、社会的道徳的な生 活も正される。精神的な影響力の大きさも奇跡的というべきで、心、魂などにも 霊的精神的な押さえが効いてくる。それは神の力に基づくもので、神の秘儀とも 言えよう。

 さて次には知的な方面の奇跡について触れたい。
 聖クルアーンの文言には、天文やその他科学的な知識を多く含んでいる。それ らに人が気付くのは何百年も後の時代になって、科学が進みまた器材も活用し、 様々な発見があってからであった。それと複雑な諸研究も進展してからだった。 聖クルアーンは14世紀も前に現れたがその中に出てくる科学的知識は豊かで、 したがって全貌を語るのは大変な時間が必要となる。ここではその要点を述べる ことにしたい。

明瞭に科学的な事実を述べたり示唆したりしている個所が種々ある。生きとし生 けるもの全てを創造されたのは、唯一の主アッラーであり、アッラーこそは全知 でありまた最も優しく多くを教える御方である。それらの聖クルアーンの個所 は、人に思考し熟慮することを求める内容にもなっている。

 一例として上げるのは、蜜蜂の世界に関する表白の部分である。聖クルアーン に言う。
『またあなたの主は、蜜蜂に啓示した。「丘や樹木の上に作った屋根の中に巣を 営み、(地上の)各種の果実を吸い、あなたの主の道に、障碍なく(従順に)働 きなさい。」それらは、腹の中から種々の異なった色合いの飲料を出し、それに は人間を癒すものがある。本当にこの中には、反省する者への一つの印がる。』
(蜜蜂章68-69)

 聖クルアーンの文言には天文に関しての記述もある。例えば星座の構成は互い に結ばれた織物のようだが、その一つ一つはよく観察すると織られた糸のように なっている。このことは最近になって科学的に発見された事柄である。
 聖クルアーンには、
「おびただしい軌道を持つ天にかけて(誓う)」
(撒き散らすもの章7)
と言う言葉がある。これは複雑に散らばっている天の軌道の様を語ったものだ。
 また同様に聖クルアーンで、山について言っている個所がある。
「また山々を、杭としたではないか。」
(消息章7)
「誰が、大地を不動の地となし、そこに川を設け、そこに山々を置いて安定さ せ、二つの海の間に隔壁を設けたのか。アッラーとともに(それを出来る外の) 神があろうか。いや、彼らの多くは知らないのである。」
(蟻章61)
 この種の文言はたくさん聖クルアーンにある。そして19世紀の初めには、科 学者たちは、山々はいわば根っこのように、地表より相当深くまで達していると 言う結論を得るに至った。

人についても、アッラーは本当に微細な点までその意思を到達されている。聖ク ルアーンに言う。
「いや、われはかれの指先まで揃えることが出来るのである。」(復活章4)
「またわれは大地を伸べ広げて、山々をその上に堅固にすえつけた。」
(アル・ヒジュル章19)
「太陽が月に追いつくことはならず、夜は昼と先を争うことは出来ない。それら は、それぞれの軌道を泳ぐ。」
(ヤー・スィーン章40)

 この他このような節や文言は多数ある。
 このように聖クルアーンは理性的に明瞭な説明をするために降ろされた。それ はあの世とこの世と言う二つの世界の使徒に降ろされ、したがって全員に向かっ て降ろされたものである。それはアッラーが大地を伸べられ、人を創造されて以 来、何時の時代にも妥当する教えである。理性ある人ならば、信じてムハンマド (平安を)の使命に基づく呼びかけに応じることになろう。

 聖クルアーンは理性的な判断と、アッラーの偉大な業をよく観察することに依 存している。だからそこには、天文に関する章や節が幾つもあり、知的な秘密も 隠されていることを知るのである。ムハンマド(平安を)はよく知られているよ うに、文盲で読み書きは出来なかった。それなのにこのような聖クルアーンは説 明上の奇跡、判断上の奇跡、知的な奇跡、天文についての文言に満ちているので ある。

 ムハンマド(平安を)に導きと真実の教えを伴って送られたわれわれの主、 アッラーに称賛あれ、そして全世界にお慈悲のあるように。


筆者:ムハンマド・ハサン・アルジール
アラブ イスラーム学院長      

(2007年2月13日更新)

                

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