預言者ムハンマド伝
 

【政治的手腕】
 

預言者ムハンマドがマディーナに到着した時、彼はイスラーム国家の形成を手がけていました。政治学、組合、マディーナ国家の権威を打ち立てた後、その町周辺の様々な部族との交渉を始め、彼らと条約を結びました。

また、マッカの不信仰者達と10年間の停戦協定を結ぶ事ができました。この条約は、預言者ムハンマドの役割上、事実上政治家としての傑作でした。様々な部族の長や外国の支配者から使節を迎えた際の態度、また、彼らへ使節を送る際の外交的手腕、裁判官を行う際の彼の公平さ、そして、マッカの解放時の寛大な恩赦は、彼の高尚な政治的手腕のもう一つの証明です。

彼がマディーナで設立した国家は、偶然の出来事ではありませんでした。
アッラーの道を強く主張して国家を設立した事は、まさにイスラームの布教の本質なのです。
人々は、新しい信仰を受け入れたかもしれませんが、習慣、風習、そして、生き方を変えるのには時間がかかった事でしょう。

そして、たとえもし少数の人々が生き方を変える事に成功したとしても、これらの人々の信仰の実行をさせないようにし、彼らを力ずくで阻止しようとする多くの人々がいた事でしょう。ですから、イスラーム国家は、イスラームの生き方を保護する事が差し迫って必要となりました。

預言者ムハンマドが設立した国家は全ての国家が必然的にそうなるように、侵略と抑圧を阻止する機能を遂行する為に立てられました。イスラームにおいて、民主的な組織は、シューラ(議会)という言葉を通して表現されます。アル・クルアーンでは、次の様に解しています。:

『ラッブ(主)に答えて礼拝の務めを守る者、互いに事を相談し合って行う者、われが授けたものから施す者。』(アル・クルアーン第42章38節)



ムハンマド アル・トゥワイジュリー著
「預言者ムハンマド(彼に平安あれ)人類への恩恵」の翻訳より

                

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