クウェイトで考えた
 

【クウェイト大学のアラビア語コース】


ビターカ・アル=マダニーヤ取得の手続きを始めて間もなく、授業の方も始まっ た。まず、クウェイト政府奨学金の内容について簡単に説明しよう。このページ の情報が正しいならば、現在日本人に支給されているのは「フル」と呼ばれてい るものだ。
実は、この「フル」以外に「ハーフ」と呼ばれる奨学金がある。「ハーフ」は寮 費、食費、授業料のみが無料で、私が滞在した99年当時、日本人にはこの 「ハーフ」が支給されていた。現地で「ハーフ」から「フル」に変更はできる が、日本大使館の署名・捺印が必要といわれた(私も挑戦したが、大使館が協力 してくれないので変更できなかった。)この奨学金で在学できるのは最大2年ほ どだが、ほとんどの学生が半年か1年で切り上げて帰国する。1年以上いるよう な生徒は、政治的または個人的な事情で本国に帰れない人、ムスリムとしてアラ ビア語を勉強したい人、クウェイト大学の学部に入りたい人などであった。

さて、私のいた頃、クラスの様子はこんな様子だった。
(1)第1レベル
私が入ったのは当然ながらこのレベル。クラスメイトはウズベキスタン、チェコ (クウェイト航空のスチュワーデス)、チェチェン、中、米、リトアニアの学生 たち。私とスッチー以外はほぼ皆ムスリム、同時にアラビア語入門者だった。当 時の先生は口語を重視し、文法の授業がほとんどなかった。

(2)第2レベル
第1レベルを修了した学生に加えて、韓、カザフスタン、旧ユーゴの国、ドイ ツ、トルコ、ナイジェリアなどの学生が参加。やはり半数近くの生徒がムスリ ム。先生は非常に厳しい人で、宿題などのチェックも相当なものだった。

(3)第3レベル
本国で3、4年程度学んだ学生が入っていた。アンケートを作ったりするなど、 グループワークが多かったようだ。当時は、よくサボり、授業もいい加減の先生 が担当していて、学生たちがよく文句を言っていたのを思い出す。

(4)第4レベル
既に3,4年程度勉強した人の中でも上級者や、アラビア語科の大学院生などが 入る。このクラスはアズハル大学卒の教師が担当していた。生徒によると、バ ラーガなどの相当ハイレベルな授業に感動する反面、イスラーム大賛美の授業に 苦笑せざるをえなかったようだ。ちなみに、この第4レベルの卒業試験にパスす ると、クウェイト大学の学部の受験資格が得られるということである。これは、 ヨルダン大学のアラビア語コースでも同じだった。

さて、留学生の中でアラビア語が達者だったのは、中・東欧の学生とアジアのム スリム学生たちだったと思う。前者は歴史とそれに基づく言語環境がイスラーム と深く関わっており、後者はより「ムスリム」らしいムスリムになりたいから か。昨年、筆者はスペシャルオリンピックスにボランティア通訳として関わった が、そこでも、アラブ諸国よりシンガポールやインドの選手団の方が食事などに ついて神経質になっていたと思う。また、選手団が宿泊していたホテルに「礼拝 用の部屋を用意して欲しい」と言い出したのも、アラブの国ではなかったよう だ。

<今週のはーみシュ>
・欠席が多いと、なぜか大学から日本大使館に連絡が入るので注意。ひどい場合 は、奨学金がキャンセルされる(「日本に帰れ!」という意味ですね)こともあ ります。

・募集人数が3名以下になるときもあると思います。筆者自身、1学期間を唯一 の日本人として過ごしましたので。

・筆者が滞在していたとき、クウェイト方言の講座ができました。

・夜間コースもあり、それには大使館員や企業の駐在員が出席していたようで す。

・アラビア語コースに満足できない上級者は、大学の文学部アラビア語科(女 子寮の隣にあるケイファンキャンパスにはある)の授業に出席するのも悪くな いと思います。

写真は「シュウェイクキャンパスのマルカズ・アル=ルガート」。1年間お世話になりました。


執筆:門屋 由紀
アラブ イスラーム学院 研究員

                

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