キングダムタワー
 

‐第四回日本・サウジアラビア王国青年交流使節団に参加して‐

【真面目な活動編】

キングサウード大学



 ここまでお読みになった方には、「お前、遊びに行ってるんちゃうの?」と、 言われそうなので、真面目な「使節団としての活動」もご紹介したいと思う。

 まず、現地時刻2004年3月20日(土)にはサウジアラビアの大学で唯一 日本語学科を有する「キングサウード大学(別名サウジの日大)」を訪れ、日本 語を学ぶ学生達と交流を行った。私も一応空手着を持参し日本文化アピールに備 える。結果、単なる余計な荷物を一日持つこととなった。(披露の機会なく疲労)

 キングサウード大学の学生達はちょうどテストだか追試だかの最中で上級クラ スの学生のほとんどは交流会に参加できないという旨が日本語学科のファーリス 先生(注1)から流暢な日本語で説明があった。しかしながら、出迎えてくれた 学生は満面の笑顔と日本語で我々を迎えてくれた。アラビアコーヒーの作り方を 日本語で教えてくれたり、サウジの五目並べのようなゲームをして楽しんだ。

 個人的に学生と話す機会があったのでここぞとばかり空手着(実はテコンドー の胴着なのだが)と黒帯をだすと落ちたアイスクリームを発見した蟻のように学 生が集まってきた。やはり興味があるようで、サウジ版写真付携帯で写真を取っ たり、蹴りを見せてくれと言われたので一番背の高そうな学生の顔面にハイキッ クを打つ真似をしてあげた。他の団員も会話が尽きる事がないようである。少し 驚いたのは学生のほとんどが英語が全く話せないこと。

 そんな束の間の楽しい一時もあっという間に終わり、お別れの時間となった。 予想もしていなかったのだが、サウジの香炉をお土産にもらい、キングサウード 大学をあとにした。

 その後、サウジ人実業家であるMr. Bakheetの会社を訪ねる。氏は日本留学経 験があり、非常に面白い方とSAGIA(注2)の田中さんから伺っていたが、実際 にお会いすると本当に面白い人だった。流暢な日本語とサウジ人ぽくない(とい うと失礼だが)イギリス紳士のような顔立ち。でもしゃべると関西弁(笑)。詳 しくは覚えていないが確か京都かどっかに留学なさっていた気がする。

 その後もサウジ青年福祉庁を表敬訪問し、随分とプロフェッショナルなカメラ マンが出迎えてくれたと思ったら、次の日の朝の新聞に何誌かに結構大きく載っ ていてびっくりした。青年福祉庁の局長さん(確か)もまた端整な顔立ちで惚れ そう(注3)になった。

 青年福祉庁のあとはSAGIAに行き、メディア部門のサウジ人職員の方々と話し をした。日本側のメディア団員達は対談となると目覚めることに気がつく。非常 に頭が良く、語学力に長けているというのがわかった。

 この日はプログラム盛り沢山。SAGIAの次はサウジ一の国際競技場である「キ ングファハドスタジアム」へと向かう。遠目から見えてきたその風貌はまさに ケーキ。近づくにつれその大きさがわかる。スタジアムでは我々の訪問を待って いてくれたようで、巨大スクリーンへ私達の姿を写してくれたり、国王や王族が 使用する貴賓室に通してくれたりといたれりつくせり。

 貴賓室はティッシュBOXからトイレから天井に至るまでまっ金々でびっくりし た。サウジだから本当に金箔を使用していると思いきや、イスラーム教的には本 物の金は良くないので単に「金色なだけ」という話しを後で聞いてがっかりし た。爪で削ろうとしてた自分を恥じた。


キングファハド国際競技場貴賓室

 2004年3月21日(日)はリヤド商工会議所のメンバーとの歓談後、在サ ウジアラビア日本大使館で歓迎レセプションに出席した。ディプロマティックク オーターという大使館が沢山ある地域は警備も物凄く厳重でここ何日間かの平和 ボケを治してくれた。物々しいゲートを通過すると美しい日本大使館が見えた。 なんか落ち着くのは気のせいだろうか? 入り口で持ち物検査をされ、大使館内 に入る。生憎大使は腰の調子が悪いとかでお会いできなかったが、レセプション に呼ばれた多くの在サウジ日本人の方々に会う。

 しかしながら、呼ばれた日本人の方は一様に「今日は何のパーティーです か?」と、質問してくる。まさか「自分達の歓迎です。」とは言えないのでしら んぷりしていた。今だから暴露するのだが、団員の中にはきちんとスピーチや自 己紹介を準備していた方もいたのだが、結局出番はなかった。大使館の中は治外 法権ということもあり、アルコール類もあったのだが、今日はこの後ダンマーン へ飛行機で移動するので私は全く手をつけなかった(注4)。団員の方や在住の 日本人の方は喜んでいたが。


注1:ファーリスは日本語訳すると「騎士、英雄」。だが、日本ツウのアラブ人は「侍」と訳す。
注2:サウジアラビア総合投資院の略。
注3:もし女として生まれていたらという意味である。そのような趣味はない。
注4:そもそも当時はビール党でウイスキーなどの高価な酒は好んで飲まなかった。




筆者:鈴木 健        
アラブ イスラーム学院 研究員

(2008年3月25日更新)

                

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