イスラーム文化
 

【イスラームと思考】
 

至高のアッラーは、人間を創造され、善と悪を見分けるため、そして真理と無益なこと(嘘)を見分けるために、人間に考える力(思考能力)を与えました。ところが、この思考能力は、その限界を超えること(アッラー)を理解しようとしたとき、迷い惑わされました。

しかし、人間に魂と思考力を与えた至高のアッラーは、そのまま人間を放っておくことによって人間が迷いの道に落ちる状況を望みませんでした。
そして、至高のアッラーは、人間存在の目的を達成させるために、アッラーの代理人として迷いの道から正しい道へと導く預言者たちを人間の中からお選びになられたのです。そしてこれらの預言者たちの最後の者が預言者ムハンマドだったのです。

アッラーの使徒は、「アッラーは、人間にすべての行動に責任をとれる思考力を与えてくださったのだから、その思考力に相反するジャーヒリーヤ時代の偶像崇拝は廃止すべきだ」と呼びかけました。

イスラームの目的は、強制的に人々の信仰を変えさせることではありませんでした。
イスラームは人々に物事を観察すること・考えること・理解することを求めました。そのあとでイスラームは、迷い悩んだ人々に尋ねたのです。
「健全な思考力は、石を崇拝し自分たちと同じ人間を神と崇めることに満足するのか?」と。
世界の偉大さを観察することにより、「崇拝されるべきは唯一無二のアッラーだけであり、石や人間ではない」ということが確信されるでしょう。
この世のあらゆる物事、目に見える・あるいは目に見えないけれども存在している物事に関して、人々の思考能力と考え方は十人十色です。そのため、イスラームはこの相違を踏まえて次のようなことから語りかけました。

1、一般的に見えるもの

特に注意せずとも理解できること。たとえば、人間の周りにあるもの・上下にあるもの・その二つの目によって見えるものなど。
至高のアッラーはガーシヤ章17〜21節で次のように仰いました。
『かれらは駱駝(らくだ)に就(つ)いて、如何(いか)に創られたかを考えてみないのか。また天に就いて、如何に高く掲(かか)げられたか、また山々に就いて、如何に据(す)えつけられているか、また大地に就いて、如何に広げられているかを。だからあなたは訓戒しなさい。本当にあなたは一人の訓戒者に外(ほか)ならない。』
このほかにもクルアーンの中には目に見えるものを観察することに関してさまざまな節があります。

2、その一段階上をいく観察

次に、この世界に存在する物事がどのように現れるのか・そこにある創造の精密さと完璧さへと思考を移していきます。そしてこれらに関して考える人々ためのクルアーンの節があります。
至高のアッラーはバカラ章164節で次のように仰りました。
『本当に天と地の創造、昼夜の交替(こうたい)、人を益するものを運んで海原をゆく船の中(うち)にまたアッラーが天から降らせて死んだ大地を甦(よみがえ)らせ、生きとし生けるものを地上に広く散らばせる雨の中(うち)に、また風向きの変換、果(は)ては天地の間にあって奉仕する雲の中(うち)、理解ある者への(アッラー)の印(しるし)がある。』

3、その次の段階
 
生の原点、それが成長していく過程に関すること、死、死後に対する観察へと呼びかけは向かいます。
人は死んだあとに自分自身を生き返らせることができるでしょうか!?
至高のアッラーはヤースィーン章78〜81節で次のように仰りました。
『またかれは、われに準(なぞ)らえるものを引合(ひきあ)いに出して、自分の創造を忘れ、言う。「誰が、朽ち果てた骨を生き返らせましょうか?」言ってやるがいい。「最初に御創りになった方が、かれらを生き返らせる。かれは凡ての被造物を知り尽くしておられる。緑の木から、あなたがたのために火を造られたのも彼であり、だからこそあなたがたはそれによって燃やす。」天と地を創造なされたかれが、これに類するものを創り得ないであろうか?いや、かれは最高の創造者であり、全知であられる。』これは論理的思考・科学的方法論への呼びかけなのです。

4、最終段階
 
肉眼でものを見ることから心の目でものを見ることへの移行。
至高のアッラーはナフル章10節で次のように仰りました。
『かれこそは、あなたがたのために天から雨を降らす方で、それによってあなたがたは飲み、それによって樹木は生長し、それによって牧畜する。』
このようにイスラームは「アッラーを信じたらそれで十分だ」とは言っていません。それどころか、観察・思考・アッラーの創造物を見ることを呼びかけています。
至高のアッラーはアッザーリヤート章20節で次のように仰りました。
『地上には信心深い者たちへの種々の印(しるし)があり…』

このように私たちは、イスラームの呼びかけが、アッラーの創造物を観察することと信仰とを結び付けること、そして同時に思考力を用いることを奨励していることを発見することができます。

またクルアーンは、思考力と感覚を働かせない者は死人のようであり、見える目を持ちながら見ようとしない者は動物のような者あるいはそれ以下であると表しています。
至高のアッラーはアルアアラーフ章179節で次のように仰りました。
『われは地獄のために、ジンと人間の多くを創った。かれらは心を持つがそれで悟らず,目はあるがそれで見ず、また耳はあるがそれで聞かない。かれらは家畜のようである。いやそれよりも迷っている。かれらは(警告を)軽視する者である。』

原文:マルワーン・シャイフー氏
翻訳:ファーティマ佐久間
アラブ・イスラーム学院翻訳・文化講座担当

 

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