アラブ案内
 

【日本とアラブの交流 4】
〜第二次大戦後-3〜


アラブ各国のパビリオン。



アラブの万博参加

 「人類の進歩と調和」をスローガンに1970年日本で開催された大阪万博 (OSAKA EXPO’70)は、150ヵ国の参加と600万人の入場者をあつめて成 功裡に終った。

 アジアではじめて開催されたこの万博に参加したアラブ諸国は、アルジェリ ア、サウジアラビア、クウェート、エジプト、アブダビの5ヵ国。

 アルジェリアからはヤケル商業相、サウジアラビアからはシェイク商工相、ク ウェートからはアルサバーハ商工相、エジプトからはザキ経済貿易相、アブダビ からはザイド皇太子殿下ら、各国の要人を団長とする代表団がそれぞれのナショ ナル・デー出席のため来日し、万博参加後も、財界首脳との懇談、産業視察など を通じて、日本とこれら諸国の関係は一層強化された。

 これら5ヵ国のパビリオンには、それぞれの長い歴史と文化の伝統のにじむ メッカの巡礼のパネル、宮殿内部の装飾、モスク建築、各国の伝統に裏付けられ た工芸品、物産などとともに、石油産業と社会開発を示す魅力ある展示物が、変り ゆくアラブの姿を紹介して好評を博した。

 この期間中にお祭広場で開催された各国のナショナル・デーでは、各国の要人 と随行代表団を主賓として迎え、それぞれの国の文化を示すページェントが繰広 げられた。アルジェリアからは、「アルジェリア国立舞踊団」が「馬の踊り」、 「タンドゥフの踊り」などを、エジプトからは「レダ民俗舞踊団」が「シワの踊 り」、「はとの踊り」など、洗練された民俗舞踊を披露し、テレビでも全国に放 映された。

 なお一言付言すれば、この万博をきっかけに、関西の経済や民間の間に、アラ ブ諸国への関心が高まり、日本とアラブとの間の経済協力や親善運動が開始され るようになった。



筆者:阿部政雄
転載:「アラブ案内」グラフ社(1980年発行)

(2008年2月5日更新)

                

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