アラブ案内
 

【アラブ栄光の歴史 11】
〜イスラムの時代-3〜

十字軍の城
レバノンのシドンに残る十字軍の城。1111年に十字軍によって占領されたが、アラブの英雄サラディンに奪い返された。

石の弾丸
シドンの城に残る、十字軍時代に使用された石の弾丸。
十字軍の砦
ヨルダンのケラクにある十字軍の砦。

シリアのアレッポに残る市街
シリアのアレッポに残るイスラム軍の城塞から見下した市街。サラディンが築いたこの城塞は反十字軍の最大拠点の一つだった。

王座の間のシャンデリア
この城塞内にカイト・ベイが築いた王座の間のシャンデリア。
城門
225段の石段をもつこの城塞の正面の城門。


十字軍の侵攻

11世紀から13世紀にわたる西ヨーロッパの十字軍の侵攻は、1906年、 ローマ教皇ウルバン2世のセルジュック・トルコから聖地エルサレムを奪回せよ と呼びかけた激烈な演説から始まったという。

十字軍の中には純粋な宗教的熱情から東進した信者もいたけれど、それ以外に領 土や富をねらう野心家、減刑めあての受刑者、はては貧窮者などを含む雑多な寄 せ集めの軍隊であった。

第1次十字軍は1099年エルサレムを占領、住民の大虐殺ののち、エルサレム 王国を建てた。しかし、エジプトでアイユーブ王朝を興したサラーハ・ディン・ アイユーブ(サラディン)は、1187年、エルサレムを奪回し、キリスト教徒 を寛大に処遇した。レッシングの小説「賢者ナータン」に描かれているサラディ ンの崇高なヒューマニズムは、中世騎士道の華と讃えられた。その後、十字軍は 回を重ねるにつれて初期の狂信的純粋性を失い、ついに第7次十字軍を最後にこ のヨーロッパの侵入も終わりをつげた。

しかし、十字軍の遠征にともなう東方貿易の拡大により、ヨーロッパ内部の通商 の活発化が促されるとともに、西ヨーロッパよりも遙かに進歩していた当時のイ スラムの、軍事、商業、貿易、農業、日常生活など、あらゆる文物が流入するこ とによって中世ヨーロッパは大きな影響を受けるにいたった。

アラブから初めてヨーロッパに紹介されたのは、ゴマ、サトウ、メロンといった 穀物や果物、モスリン、ダマスクしゅす、さらには信用状や航海術における羅針 盤など数多い。

また、十字軍は、ビザンツ式に基づいて長い歴史の中で発達したアラブの築城術 に学んで故郷に帰り、ヨーロッパの城塞建築を大いに発展させたといわれてい る。


筆者:阿部政雄
転載:「アラブ案内」グラフ社(1980年発行)

                

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