古代オリエントは、人類の魂の揺籃の地ともいうべき偉大な宗教が生れた地域で ある。
ユダヤ民族が“神の選民”であるという極めて民族的宗教の性格をもつユダヤ教 は別して、キリスト教とイスラム教は、世界宗教として、全世界の人類の精神の 支柱として大きな影響を今日まで与えつづけてきた。
従って、シリア、パレスチナを中心とする東アラブには、多くの聖地や、宗教に ゆかりのある場所が多い。
世界最古の旧約聖書ともいわれる「死海文書」が発見された死海、キリスト生誕 の地ベツレヘム、聖母マリアと夫ヨセフが住んでいたナザレなど数え上げられな いほどである。
現存する世界最古の都市といわれるダマスカスには、キリスト教徒迫害のためダ マスカスに向かう途中、聖アナニアスの教えを受けて、熱心なキリスト教の伝道 者となった聖パウロが、ローマ軍の追手を逃れて窓から脱出したという「聖パウ ロの窓教会」や「まっすぐの道」など今なお聖書の雰囲気が残っている。
キリストその人はもともとパレスチナ地方に生れた。預言者ヨハネの洗礼を受け 伝道師となったキリストは、ユダヤ教の一派であったパリサイ人たちの偽善と戒 律主義を痛烈に批判し、ローマの圧制のもとに無力感にうちひしがれていた民衆 に俗世の権力から解放された精神の独立と隣人への愛を訴えた。またイエスの使 徒パウロは、神の前にはユダヤ人もギリシャ人も平等であると説き、キリスト教 の伝道に大きな足跡を残したが、人種、民族の差を超えた「神の前に平等、万人 は同胞」という思想は、かつてアレキサンダー大王以来のヘレニズムの中にその 源流がうかがわれるばかりでなく、やがて7世紀に誕生するイスラムにも受け継 がれていく。
今日でも、アラブ諸国にはキリスト教徒もかなりおり、レバノンでは人口の約半 数、シリアでは約3割、エジプトでは9パーセントといった具合に、東アラブを 中心にかなりの数に達している。
筆者:阿部政雄
転載:「アラブ案内」グラフ社(1980年発行)
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