アザーンが聞こえる風景
 

【先生たち】
 

多くの人々との出会いが会ったシリア留学でしたが、今回は大学のある先生にスポットを当ててお話しようと思います。

大学で唯一の「ミーラース(遺産相続にかかわる学問)」の専門家であったM先生はその非常に穏やかで常に微笑をたたえているその人柄ゆえに多くの学生から慕われていた先生でした。殆どの先生方が素晴らしい人柄の持ち主でしたがこの先生は群を抜いていたように思います。

私がこの先生と初めて会ったのは実は大学構内ではなく、私の師のS先生の家においてでした。S先生の家ではシェイフたちを招待した夕食会が開かれていました。私はその日たまたま先生の家に泊まりに行っていたのですが、友人でもあり、学年的には先輩にもあたる中国人友人Jと学生同士ということで中庭に座って話をしていました。するとシェイフたちが続々と中庭へと向かってやってきました。当時面識のなかったM先生は奥様やお嬢様方と一緒にいらしていましたが、彼を見ると友人Jが私に耳打ちして「あの先生のこと知ってる?」と尋ねてきましたので、初めてみる先生だと答えました。すると彼女は「M先生といって、大学でミーラースを教えている先生だよ、あなたも大学に入ったらきっと彼にその教科を教わるはずだよ。とってもいい先生だから私たちは彼のことをとても尊敬しているし大好きなの!でもちょっと背が低いからウスターズ サギール(小さい先生)と学生の間では呼んでいるの。」と教えてくれました。

食事の後、そこにいた全員にトルココーヒーや紅茶が振舞われ、シャイフたちはいろいろな話をし始めました。S先生の家族や私たちもシャイフたちの話に耳を傾けていました。うろ覚えですが、その時は「リバー(利子)」について話がなされていたように思います。

ありがちな光景ですが、シャイフたちの話はどんどん盛り上がっていき、いろいろな問題に対する各々の見解なども交えて話し合いは迫熱していきました。

話し合いの内容自体は当時の私には良く分りませんでしたが、私はそれぞれのシャイフたちが話し合う様子を観察していました。私は、この熱い雰囲気の中、ただ一人M先生だけがやはりニコニコと彼の友人でもあろうシャイフたちの討論を眺めているのに気が付きました。討論していた張本人が(彼はシャイフではありませんでしたが)M先生の方を向き、「M先生、あなたの意見はどうですか?」と鼻息荒く尋ねると、M先生はあいかわらず微笑を携えたまま「その件に関してはあなたがたの方がご存知でしょう?」と軽くあしらっていました。

その当時の私は、「ああ、このM先生よりもほかの先生方の方が物知りなんだなぁ。」という程度にしか感じていませんでした。

それから約1年後、進級し、このM先生の授業を受けるようになり、私は当時のことを思い出して考えを改めました。「M先生は知らなかったのではなく、わざとあの討論に加わらなかったのだ…」と。

イスラームでは「意味や有益でない論争」は禁じられています。預言者ムハンマドの伝承にも『アッラーの御目からみて、最もいやしむべき人々は、人と激しく論争を行なう者たちである』という伝承があります。

M先生は授業中に脱線する時などは(もちろん話はイスラームに関係ある話ですが)非常に力強くお話をされますし、彼のもっている知識の幅も広いですし、質もよく、量も多いことは、大学進学前のクラスと大学での授業で明らかです。加わることが出来てもあえて討論に加わらなかったM先生の謙虚さと賢さにとても感銘を受けました。日本にも「能ある鷹は爪隠す」という諺がありますが、彼はそれを体現している人だと思いました。

至高のアッラーはクルアーンのルクマーン章18−19節で仰せられました。『他人に対して(高慢に)あなたの頬を背けてはならない。また横柄に地上を歩いてはならない。本当にアッラーは自惚れの強い威張り屋を御好みになられない。歩き振りを穏やかにし、声を低くしなさい…』

今回紹介したのはM先生一人でしたが、留学中に出会った先生方の殆どが深い知識をもった素晴らしい人格の持ち主たちでした。彼ら、あるいは彼女たちがイスラーム教徒としても素晴らしかったことは言うまでもありません。先生方と出会えたこと、彼らがもつ多くの知識の一部分を教わり、受け取り、今それを日本のみなさんに少しずつとはいえ伝えることができる状態にしてくださったアッラーに感謝します…


筆者:ファーティマ佐久間
アラブ・イスラーム学院翻訳・文化講座担当

 

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