アザーンが聞こえる風景
 

【カウブとその仲間の懺悔について その3】
 

(前回までのあらすじ)
み使いは、遠征に参加しなかった者のうち、カウブを含めた三名に対してのみ、対談することをムスリムたちに禁じました。人々はカウブたちを避けるようになり、態度も変化し、カウブたちは人々からまるで敵視されているかのような苦しい状態の中を過ごしていました。


『カウブその仲間の懺悔について』その3

このような状態で、更に10日も過ごし、人々からボイコットされて以来、50日目になった。50日目の朝、私は、早朝礼拝を終えてから、家の屋上に座していた。実際、そのような状態で私が座っていた時、アッラーは「世間が私にとって辛いものとなり、地上は、その広さにも関わらず、私を圧迫している」という言葉で、私たちについて述べられたのである。私は、この時、サルウの山頂から、大声で「カウブ・ビン・マーリクよ、お前によい知らせがある」と叫ぶ声をきいた。私は思わず、平伏して礼拝した。そして、私に対する許しの知らせが下されたことを知ったのである。み使いは、早朝礼拝の時、人々に「アッラーが私たちの懺悔を容認なさった」といわれた。

人々は私たちにこの吉報を知らせるために出て、その何人かは、私の教友の処へ行って知らせた。アスラマ族の或る男は、馬を走らせてやってきたが、その馬は、彼の声よりも早く私のところに着いた。その物音で、だれかきたことがわかったのであるが、その彼が、私に吉報を伝えてくれた。私は喜びのあまり、きていた衣服を脱いで彼に与えた。
しかし、私はこの時、この二枚の衣服以外、他には持っていなかったので、彼にその衣服を貸してくれるように頼み、それを着てみ使いの処にむかった。その途中、出会った人々は、口々に「アッラーが、あなたの懺悔をお認めになったことをお祝いします」といって喜んでくれた。

私がモスクに着いた時、み使いは人々と一緒に座っておられた。私をみたタルハ・ビン・ウバイドッラーはすぐに立ち上がり、私の方にとんできて私の手を握り祝ってくれた。しかし、アッラーに誓って! 彼以外にはムハージル(移住者)たちのだれ一人として、立ち上がって私を祝ってくれる者はいなかった。それだけに、タルハのこの厚意を私は決して忘れないのである。

ともあれ、私は、み使いに「アッサラーム、アライクム!(あなたに平安を!)」といって、挨拶した。その時、み使いのお顔は喜びで輝いていた。み使いは、「今日の喜びは、あなたの母が、あなたを生んだ時の喜びにも等しいものであろう」といわれた。私はこの時、「み使い様、懺悔が許されたのは、あなたによってですか。それとも、アッラーによってですか」とたずねた。み使いは「いや、アッラーによってです」といわれた。み使いが喜ぶ時にはお顔があたかも月の一部をみているかのように輝やくのが普通で、私たちはそれによってみ使いの喜びを知ることができたものであった。私は、み使いの前に座り「み使い様、懺悔の印として、私の財産をアッラーとそのみ使いのために、喜捨(サダカ)してもよいでしょうか」といった。み使いは「一部は残しておくのがよいだろう」といわれた。それで、私は「ハイバル遠征の時、私の取り分として得た財産を残しておきます」といった。

私は、また、「み使い様、アッラーは、私が真実を話したので、私をお救い下さったのです。それ故、私の懺悔は、生あるかぎり、真実以外のことを話してはならないと私に教えてくれました」といった。まことに、真実を話したために、アッラーによって、私以上に厳しい試練を課せられた者が、ムスリムの中にいるかどうかを私は知らない。

ともあれ、私はみ使いにこう申しあげて以来、今日まで一切嘘をいったことはない。このように嘘をいわぬと決心している故、私はアッラーが私の残った人生において、災いから私を救って下さるよう願っている。アッラーは次の言葉を啓示された。
 
『アッラーは、預言者と苦難の時に、彼に従った移住者たち(ムハージリーン)と援助者たち(アンサール)に哀れみをかけられた。その後、彼らの一部の者の心は(その義務の履行から)ほとんど免れてしまった。その時、アッラーは、彼らに哀れみをかけられた。本当にアッラーは、かれら(ムスリム)に親切であり、慈悲深くあられる。

後に残った三人に対しても、(また、アッラーは、哀れみをかけられた。)大地は、このように広いのだが、かれには狭く感じられ、また、その魂も、自分を(内面から)狭めるようになった。そしてかれらは、アッラーにすがるほかには、アッラー(の懲罰)から、免れる術がないことを悟った。すると主は哀れみをかけられ、彼らは、悔悟して(アッラーに)返った。本当に、アッラーは、度々、赦される方、慈悲深い方であられる。あなたがた信仰する者たちよ。アッラーを恐れ、(言行の)誠実な者と一緒にいなさい。』(クルアーン悔悟章117−119節)(カウブは、続けて語った。)アッラーが私をイスラームに導いて下さって以来、私にとってアッラーのみ使いに真実を告白したこと以上に、重要な祝福となったものはなかった。もしも、私が嘘偽りを話したとしたら、私は、かつて嘘偽り故に破滅させられた者と同様に、破滅させられたであろう。なぜなら、嘘偽りをかたった者らに対して、アッラーは、他のだれにも用いなかったほどの苛酷な言葉を使って、次のように啓示されたからである。

『あなたがた(信者)が、(戦いから)帰ってきた時、あなたがたが(責めないで)放置するよう、アッラーにかけて、彼らは誓うであろう。それでは放っておけ。彼らは本当に不浄であり、地獄が彼らの住まいである。彼らの(悪い)行いに対する報いである。彼らは、あなたがたに気に入られるようにあなたがたに誓うかもしれない。だが、もしあなたがたが彼らを気に入っても、本当にアッラーは、アッラーの掟にそむく者をお喜びになられない。』(クルアーン悔悟章95−96節)

(カウブは、つづけて語った。)アッラーのみ使いの前で誓い、それが容認され、アッラーの許しを祈られた人たちに比べて私たち三人だけの件が延ばされたが、その時、み使いはアッラーの決定が下されるよう祈願なされたのであり、そのためにこそ、アッラーは「後に残った三人に対して」と啓示され、私たちの件に関して決定を下されたのである。ただ、アッラーがいわれた「後に残った三人」は決して「遠征参加に残った三人」という意味ではない。これは、アッラーに誓いを述べ弁明を為し、それを受け入れられた人々の後まで、私たちの問題は残された、ということを意味しているのである。前期と同内容のハディースは、ズフリーによっても、同じ伝承者経路で伝えられている。


筆者:ファーティマ佐久間
アラブ・イスラーム学院翻訳・文化講座担当

 

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