アザーンが聞こえる風景
 

【カウブとその仲間の懺悔について その2】
 

(前回までのあらすじ)
み使いがマディーナに戻ると、タブークへ従軍しなかった人たちが来ました。み使いは、彼らの弁明や忠誠の誓いをきき入れ、彼らへの許しをアッラーに祈られました。カウブがみ使いの前に出て挨拶すると、み使いは微笑みましたが、不快気な様子も見受けられたのでした…


『カウブその仲間の懺悔について』その2

ともあれ、み使いが、私に「前に来るように」といわれたので、私は前へ行って座った。み使いは「どうして参加しなかったのか、乗り物がなくて参加できなかったのか」といわれた。私は「み使い様、アッラーに誓って! もしも私があなた以外のだれかの前に座っているならば、私は、必ずや一つ二つ口実を述べて、その人の怒りから逃れるでありましょう。弁明する自信も持っております。しかし、アッラーに誓って! 私は十分承知していますが、もしも、私があなたを納得させるため、なにか嘘偽の理由をあなたに申し上げたとしたら、アッラーは、必ずや私の上にあなたの怒りをむけなさるでありましょう。

しかし、また、私がもしも真実を話せば、あなたは私をお怒りになるに相違ありません。私は、アッラーのよいご判定を願うばかりです。アッラーに誓って! 私には、なんら申し上げるべき弁明の言葉はありません。遠征に参加しなかった頃、私は、かつてなかったほど豊かな資産を持ち、恵まれた状態にあったのです。」といった。み使いはこの時、「この男は正直に話した。アッラーがあなたの件についてはなんらかの決定を下すであろう故、立ちなさい。」といわれた。

私が、立ち上がった時、サラマ族の者たちが急いで私を追いかけてきて、次のようにいった。「アッラーに誓って! 今回の罪以外に、かつてあなたがなにか罪を犯したということはきいたことがありません。み使いに対し、遠征不参加の人々が弁解したのに、あなたはなんら弁解しようとはしませんでした。それだけでもあなたには、十分、罪を許される資格があります。み使いは、アッラーにあなたのために許しを祈願することでしょう。」

彼らが、こういって私を励ましてくれたので、アッラーの判断を知りたくて、私は、み使いの処に戻りたいと願ったほど混乱した思いを抱いた。その時私は彼らに「私と同じ目にあった人がいますか」ときいたが、かれらは「はい。二人が、あなたと同様な目にあいました。彼らは、あなたと同じことをいい、あなたがたがいわれたのと同じことをみ使いからいわれました」と答えた。私が「その二人はだれですか」ときくと、彼らは「ムラーラ・ビン・ラビーア・アーミリーとヒラール・ビン・ウマイヤ・ワーキフィです」と答えた。彼らは、これら二人の敬虔な人物の名を告げたが、私にとってはこの二人は、バドルの戦いに参加した、いわば、理想的な人たちであった。私は彼らからこれら二人の名をきいてから、彼らと別れた。

み使いは、遠征に参加しなかった者のうち、我ら三名に対してのみは、対談することをムスリムたちに禁じた。それで、人々は我々を避けるようになり、態度も変わってきて、あたかも、我々を敵視するかのような状態が生じてきた。実際、私は、この雰囲気に気づいており、その中でかなり長い間過したのである。

このような状態は50日もつづいた。私の二人の友人らは、家にとじこもり泣き暮らしていた。私は、若く元気だったので、家を出て、礼拝には出席し、マーケットの中を歩きまわったが、だれも話しかけてくれる者はいなかった。私は、また、礼拝後、人々と一緒に座しているみ使いの処にも行ったが、私が挨拶してもみ使いの唇が動いて、私に挨拶を返してくれるかどうか自信が持てなかった。私はみ使いの近くで礼拝し、時々、み使いの方を盗みみた。私が礼拝に出席した或る時、み使いは私の方をごらんになったが、私がみ使いの方をみると、横をむかれたこともあった。私に対するムスリムたちの無情な態度が、かなり長くつづいていた頃、私は出かけて、アブー・カターダの庭園の壁に登った。アブー・カターダは、私の従兄であり、私が最も好きな人物であった。私は彼に挨拶したが、彼はそれに対し、なんら答えようとはしなかった。私は「アブー・カターダよ、アッラーに誓ってききますが、私が、アッラーのみ使いを最も愛していることに気づいておりませんか」といった。

彼は、黙ったまま、それに答えなかった。私は、再び、彼に繰返して同じことをたずねた。しかし、彼は黙ったままであった。私は、更に、彼に同じことをたずねた。するとようやく彼は「アッラーのみ使いが、最もよくご存知のはずです」と答えただけであった。その言葉をきいた時、私の目から涙があふれだした。私は、壁を降りそこを立ち去った。

私が、マディーナで穀物を売るためシリアからきていたナバタ人の一人が、人々に、カウブ・ビン・マーリクの処に案内してくれるようにと頼んでいるのに出会った。人々は、私の方をさして彼に知らせた。すると彼は、私のところにきて、ガッサン王からの手紙をわたしてくれた。私は、書記だったので、その手紙を読めたのであるが、その中には、次のような言葉が記されてあった。「あなたの教友(ムハンマド)が、あなたを残酷に扱っているとの知らせをきいています。アッラーは、適切な処を見い出せず、おちぶれさせるような場所に住ませるためにあなたをお創りになったのではありません。それ故、私たちのところにきなさい。私たちは、あなたの名誉にふさわしく、あなたを待遇します。」私はこの手紙を読み終えると「これもまた、災いの種になる」といって竃に投げ入れて、それを焼き捨てた。

全体50日のうちの40日がすぎても、み使いはなんの啓示もお受けにならなかった。この頃、み使いからの使いがきて私に「み使いは、あなたに、夫人と別居して暮らすよう命じられた」と伝えた。私がこれに対し「彼女と離婚すべきですか。それとも、どうすればよいのですか」とたずねると、その使いは「いや、ただ、別居し、性交渉をもたないように」といった。

同じ知らせは、私の二人の仲間の処にももたらされた。それで、私は妻に「お前の両親の許に行き、私に関し、アッラーの決定が下るまで、そこにとどまっているように」と告げた。

ヒラール・ビン・ウマイヤの妻は、み使いの処に行き、「み使い様、夫のヒラール・ビン・ウマイヤは老齢であり、召使いもいません。私にはそのような彼の世話をすることも許されないのですか」と訴えた。その時、み使いは「世話をするのはよいが、性交渉をもってはならない」といわれたが、彼女はこれに対し、「夫にはもうそのような欲望はありません。夫は、あの日以来、今日までほとんど泣き暮らしています」と答えた。

私の家族の一人は、その話をきき、私に「あなたもみ使いの処に行き、ヒラール・ビン・ウマイヤの妻が夫の世話をする許しを得たように、あなたの妻に関し、許しを得たらいかがですか」といったが、私は「み使いに許しを得ようとは思わない。私はまだ若いし、み使いがそれに対し、どのようにお答えになるのかわからない」といった。(その3に続く)


筆者:ファーティマ佐久間
アラブ・イスラーム学院翻訳・文化講座担当

 

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