イスラーム世界の文化と美術
 

【マスジド(モスク)】

スルターン・ハサン・モスク内のミフラーブ スルターン・カーイトバイのミンバル(説教壇)
スルターン・ハサン・モスク内のミフラーブ
カイロ 14世紀
ミンバルはミフラーブの窪みの右側に位置する。
スルターン・カーイトバイのミンバル(説教壇)
おそらくカイロ 1468-96年
木、象牙象嵌、カーイトバイなどのイスラムの支配者にとって、金曜日の説教の際にミンバルの壇上からその名前が読み上げられることは権威の確認として重要であった。高さ7.05m


 最初のマスジドは、預言者ムハンマドの家でした。預言者がメディナへ遷都し た時、皆が集まる適当な建物がなく、信徒達は預言者の家に集まって彼の教えを 聞き、共に祈りました。預言者の家の詳細は不明ですが、当時のアラビア半島に よく見られたタイプの家だったと推測されています。預言者とその妻達の部屋が あり、家族や友人が集うための木陰が中庭にある家の外側には、露店が立ち並 ぶ、賑やかな往来がありました。
 イスラム諸国のどの町や村にも必ずマスジドは建てられています。マスジドは 神聖な場所であると同時に、世俗の社会と切り離せない存在となりました。マス ジドは祈る為の場であり、議事堂や市役所の役割を果たしています。敷地内には 病院や学校が造られ、近隣には商店が軒を連ねていました。

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イスラム教が各地に広まっていくと、その時代の権力者(スルタンやカリフ)や 裕福な信徒達が競ってスポンサーとなり、次々マスジドが建設されていきまし た。神のために自らの財を提供できる事はスポンサーにとって大きな喜びだった のです。権力者達はマスジドの建設に合わせ、病院や大学などの公共施設も設立 し、そこで研究をする学者や働く職人達のスポンサーでもありました。

マスジドの構造
もともと建物を建てる必要性がない遊牧民の暮らす地域では、簡素なマスジドが 建てられました。日干しレンガと砂漠では希少な石で壁を造り、屋根はヤシの葉 が葺かれていました。大都市には絢爛豪華なマスジドが建設されましたが、内部 の構造は同じです。
礼拝前に体を清める水場、汚れた履物を脱ぐ為の靴脱ぎ場があり、礼拝堂の中 は、信徒が横一列になって礼拝が出来るようオープンスペースになっています。 大きなマスジドには、礼拝を呼びかける塔「ミナレット」や中庭が設けられ、そ して何よりも大切なメッカの方向を示す特別な窪み「ミフラーブ」が設けられま した。

筆者:渡辺 美代
アラブ イスラーム学院 学生

                

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