十字軍の歴史
 

【真の目的】


 読者の皆様、十字軍は、中世イスラーム世界への攻撃動機は宗教的なものであ る、と宣言しました。それは、エルサレム復活教会へのキリスト教巡礼者の安全 を望んでのことであり、ムスリム所有のバイト=ル=マクディス(エルサレム聖 殿)の中にある「真の十字架(*イエスが実際に磔になったものとされている)」 を奪還するためである、と。しかし、指揮官たちが宣言した宗教的動機の傍らに は、その戦いを通して実現しようと彼らが目論んだ経済的、政治的目的があった のです。

経済的動機:

 数々の経済的動機は、当時のヨーロッパ全体の悪い経済状況と、豊かな東方諸 国からの収穫によってそれを改善したいという望みに起因するものでした。

 不当な封建制度の圧迫に苦しむヨーロッパの農民たちが、十字軍参加によって 状況改善と救済を求めたことも、その一因です。そして、ヨーロッパの騎士や諸 侯もまた、自分たちの社会問題や経済問題を解決したいと願い、この戦いに参加 する民衆を指揮するように呼びかけたローマ教皇の言葉に、すぐに応じました。 また、ピサやジェノヴァやヴェネツィアといったイタリアの商業都市は、独占的 な商業利益の実現を目論み、十字軍の兵士や食料、兵器などを自分たちの船で運 搬することを熱望したのです。

政治的動機:

 主要な政治的動機は、ヒジュラ暦464年―西暦1071年―、マンツィケル トの戦い(マラズギルトの戦い)において、セルジューク朝スルタン、アルブ・ アルスラーンの手によって敗退したビザンティン帝国皇帝ロマネス4世の救援要 請に西ヨーロッパが応えたこと、そしてその後同様に、ローマ教皇ウルバヌス2 世が、ビザンティン皇帝アレクシオス1世コムネノスの救援要請に応え、ヒジュ ラ暦488年―西暦1095年―、フランスのクレルモンで開かれた教会公会議 で、十字軍遠征と東方イスラーム諸国への進攻を呼びかけたことに起因します。

 十字軍遠征は7回に及び、ヨーロッパの国王や皇帝たちの指揮で行われまし た。

 その最初は西暦1097年で、その最後は、十字軍がシャムから最終撤退した 西暦1291年です。

 読者の皆様、これからそれらの遠征についての概要を見ていきましょう。そし て、インシャーアッラー、まず次回は、第1回十字軍遠征についてお話しましょう。


筆者:リハーブ・ザハラーン

                

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