正統カリフ伝
 

【4代目カリフ アリーの死】
 

ハワーリジュの人々(ナハラワーンの戦いでアリーに反旗を翻し、戦った者たち)はアリーを自分たちの敵とみなしていました。彼らはアリーとムアーウィヤとムアーウィヤの最大の援助者であったアムルー イブン アルアースの3人の暗殺を企てました。3人の暗殺は同一夜に行われる予定でした。つまり、アブドッラフマーン イブン ムルジムがアリーを、アルバラク イブン アブドッラーがムアーウィヤを、そしてアムルー イブン バクル アッタミーミーがアムルー イブン アルアースを暗殺するという計画だったのです。

アルバラクはムアーウィヤを襲いましたが殺害には到らず、逆に彼に捕らえられ殺害されました。

アムルー イブン バクルはアムルー イブン アルアースが礼拝に出て来るところを狙っていましたが、ちょうどその晩アムルー イブン アルアースは病気だったため、代わりにハーリジャ イブン フザーファが人々の礼拝を先導するために出て行きました。そのためハーリジャはアムルー イブン アルアースの代りに暗殺されました。後にアムルー イブン アルアースはアムルー イブン バクルを捕らえ、「お前は私を狙ったがアッラーが死を望んだのはハーリジャであった。」と言い、アムルー イブン バクルの殺害を命じました。

カリフ アリーに関して言えば、アブドッラフマーンはアリーを襲うことには成功しましたが、アリーはすぐには息絶えませんでした。
そこへジュンドゥブ イブン アブドッラーが入り、アリーに対して「私たちはアルハサンとアルフサイン(アリーの二人の息子)に忠誠を誓います。」と言いました。アリーはそれを肯定することも否定することもなく、ハサンとフサインを呼んで言いました。

「私はそなたたちに遺言する。アッラーを畏れ、現世がそなたたちを誘惑しても誘惑に負けてはならぬ。またそなたたちの許から去っていったものに対し泣いてはいけない。真実を述べ、孤児には慈悲深くあれ。助けを求めるものを助けよ。来世の為に行動し、不正者の敵に、抑圧される者の援助者となれ。そしてクルアーンに書かれてあることをせよ。アッラーのみちにおいて如何なる者も恐れてはならぬ。」

それからハウラ ビント ジャアファル アルハナフィーヤとの間にできた息子のムハンマド イブン アルハナフィーヤを見て言いました。
「そなたの兄弟たちに遺言したことを覚えたか?」
ムハンマドが「はい。」と答えると、アリーは続けて言いました。
「私は同様のことをそなたに遺言する。そして二人に敬意を表するように。二人に従い、勝手に物事を為すことの無いように。」

それからアリーはアルムスラ(死体の一部を食らうこと)を彼らに禁じて言いました。
「アブドルムッタリブの一族の者たちよ、「信徒たちの長が殺害された」と言ってムスリムの血を流す者たちの戦場に加わってはならない。加害者のみを討ち他のものは殺してはならぬ。ハサンよ、もし私が死んでも、私に為されたこと以上のことをしてはならない。そしてムスラをしてはならない。私は預言者が次のように言うのを聞いた。『悪さをした犬に対してもムスラをしてはならない。』」

このように遺言を言い、「アッラー以外に神はなし」と言いながらアリーはヒジュラ暦40年ラマダーン月17日の日曜の朝亡くなりました。
彼の統治の期間は4年と9ヶ月でした。
アッラーがアリー イブン アビー ターリブに慈悲を垂れますように……

このようにして正統カリフ時代は幕を閉じました。
読者のみなさん、次回はこれらの正統カリフたちがイスラーム国家に起こした最も重要なことを簡潔に紹介しようと思います。


筆者:リハーブ ザハラーン
アラブ イスラーム学院講師

                

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