正統カリフ伝
 

【3代目カリフ ウスマーン】
 

ウスマーンの名前はウスマーン イブン アッファーン イブン アビルアース イブン ウマイヤで、あだ名はアブー アムルーとアブー アブドッラーでした。

彼は預言者生誕の6年後に生まれました。
人格も良く、同胞からも慕われていたウスマーンは商売を手がけ、クライシュ族のなかでも裕福な者たちの一人でした。
彼の入信のきっかけを作ったのはアブーバクルで、共にアッズバイル イブン アルアウワームとタルハ イブン ウバイドッラーが入信しました。
預言者は非常に彼を愛し、彼の入信後、娘のルカイヤを彼のもとに嫁がせました。

ウスマーンは恥ずかしがりやとして有名で、預言者は次のように言いました。
「天使たちがその者から恥ずかしがる者から私がどうして恥ずかしがらない事があろうか。」

また彼と妻ルカイヤは最初にエチオピアに移住した者たちでした。
預言者は「アッラーが彼ら二人とともにありますように。ウスマーンはロトの次に家族を伴って移住した者だ。」と言いました。
クルアーンには『ロトは彼を信じ、言った。「私は主のもとへ移住します。」』とあります。彼の2度目のヒジュラは彼らがエチオピアからマッカに戻った後のアルマディーナ移住でした。

ウスマーンはバドルの戦い以外の預言者が参加した戦い全てに参戦しました。バドルの戦いに参戦しなかった理由は、その時彼が妻ルカイヤの看病をしていたためです。
「2つの光の持ち主」と言われたのは、彼が預言者の娘ウンムクルスームと彼女の姉であったルカイヤの死後結婚したためです。
預言者がどれだけ彼を愛していたかは、ウスマーンの妻ウンムクルスームが亡くなったヒジュラ暦9年の「もしわたしに3人目の娘がいたら彼と結婚させただろう。」という言葉からも窺い知ることができます。

ウスマーンは非常に気前が良い人でした。アルウスラの戦いのときにも彼は千頭の駱駝と50頭の馬を用意しました。
彼の気前のよさは、その他にも現れ、ムスリムたちから水使用料を取っていたユダヤ人からローマの井戸を買い取り、何の見返りもなしにムスリムたちのためのものとしましたことがあげられます。

またウスマーンは啓示書記の一人でもありました。

アブー バクルとウマルはよくウスマーンに意見を求め、それが実行されたことも多々ありました。
                  

【ウスマーンの統治】

カリフ選出のために選ばれたシューラー(協議)のメンバーはウスマーン イブン アッファーンにカリフに対する忠誠の誓いを行いました。
ウスマーンは民衆に対して自らの政治指針を明確にする演説を行い、その中でアッラーに感謝し、彼を称え、預言者への祝福を願い、言いました。
「あなたがたの生きる現世は不安定で、またあなたがたの寿命には限りがある。残された人生でできるだけ善いことをしなさい。私たちのもとで日夜は巡るが、現世はまやかしに包まれている。あなたがたは現世の生活に欺かれてはならない。アッラーのことについて欺く者に、あなた方は欺かれてはならない。過ぎ去った者たちから教訓を得なさい。努力し、アッラーを忘れることのないように。アッラーはあなた方を見逃すことはありません。現世を楽しみ尽くしたものたちはいったい何処にいるのだろうか。彼らを思い出すことはあるだろうか。アッラーが投げ捨てたように現世を投げ捨てなさい。そして来世を求めなさい。」アッラーは譬えを挙げて次のように仰られた。『この世の生活を、譬え話で彼らに説きなさい。それはわれが天から降らす雨のようなもので、大地の草木はそれを受けて茂るが、(そのうち)風に吹き散らされて乾いた株の根となる。アッラーはすべてのことに力を持っておられる。富と子女はこの世の生活の装飾である。だが永遠に残る善行こそは、主の御許では報奨において最も優れ、また希望の基礎としても最も優れたものである。』
 
また地方統治責任者たちに対し、次のような書簡を書きました。
「アッラーはイマーム(指導者)たちに保護者になるよう命じ、徴税人とだけなることは命じなかった。このウンマ(共同体)の初期には保護者はいたが徴税人はいなかった。しかし、あなた方のイマームたちは保護者であることをやめ、徴税人としてのみあろうとしている。もしそのようになれば、それと同時に羞恥心・信頼・誠実さも失われるだろう。最も公正な道とはムスリムたちの諸事に携わるとき彼らの権利を与え、彼らに課されるものを受け取ることだ。それからズィンミー(庇護民)たちの面倒を看、彼らの権利を与え、彼らの義務を受け取ることだ。また悔悟した敵に対しては誠実に彼らを開放しなさい。」

また軍の指揮官たちには次のように記しました。
「あなた方はイスラームの保護者たちであり、その糧でもある。ウマルは決して失われること無いものを確立させ、それはいまだ私たちのもとにある。あなた方の変化が私に報告されることの無いように。アッラーは心変わりした者を他者と替えるでしょう。自分たちがどうあるべきか考えなさい。私はアッラーが定めたことに関して考えそれを実行する。」

そして徴税人たちに次のように書きました。
「アッラーは人類を真理をもって創造した。アッラーは真理以外は受け入れない。そなたたちは真理を受け入れ、真理を与えよ。信頼には信頼をもって接せよ。決して信頼を最初に失う者とはなるな。誠実には誠実をもって接せよ。故事を不当に扱うでない。盟約者の権利を侵害するでない。アッラーは侵害する者を罰するであろう。」

そして諸都市の民衆に対しても次のような書簡を書きました。
「模倣についてあなたがたは伝え聞いたであろう。現世があなた方を惑わし、事をうやむやにしませんように。このウンマは次の3つのことが集まった後に改ざんの危機を迎えている。3つのこととは恩恵が満たされ、戦争捕虜から生まれた子供たちが成長し、アラブ人とそれ以外のものたたちがクルアーンを読むようになることである。」

ウスマーンがどれだけ敬虔でアッラーを畏れていたかお分かりになられてでしょうか?次回はカリフ ウスマーンの功績を紹介することにしましょう。(続く)


筆者:リハーブ ザハラーン
アラブ イスラーム学院講師

                

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